牛車で往く

日記や漫画・音楽などについて書いていきます 電車に乗ってるときなどの暇つぶしにでも読んでください

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渡辺直美には通勤電車で疲れて辛い中でも明るく過ごしてほしい(ビーフ「ドリーミン京浜東北ライン feat.マリナ」)

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社会人になってからは、もっぱら自転車で通勤してるけど、大学生の頃は電車に乗って大学まで通っていた。電車通学は、まさに精神のすり切れるしんどいものであった。そもそも、わたしは自意識の肥大化した愚かな人間であるので、色んなことが気になってがんじがらめになってしまう。

 

まず、遅刻しそうで急がなければいけない場合でも、絶対に走りたくない。なによりも、あの中川家のネタみたいに、走って乗ろうとした電車のドアが目の前で閉まってしまうことが、大変恐ろしいのだ。もう怖くて怖くて仕方がない。わたしが乗れなかった様子を見て、車内の人たちが「あいつギリ間に合わんかったのに、『別に』みたいな感じで高飛車になってるやん」と思われるのが怖くて怖くて。そして仮に乗れたとしても、走って乗った後のあの肩で息をするのが恥ずかしい。それを隠して、『いや普通ですけど?』みたいな高飛車な鼻呼吸をしようとするけど、もう鼻から異常にスースー音が鳴っているからバレバレ。恥ずかしい。だから、あえて乗りたい電車が来ていても、走らずに『いや次の電車でも間に合いますけど?』と高飛車な感じで歩く。誰に対してでもなく。そうしたら、もうすぐに出発すると思っていた電車が意外と出ない。けどプライドが邪魔して乗れない。いや今ならまだ間に合うか。でも、もう『わたしが乗るのはこの電車じゃないですよ』という高飛車感を存分に出してしまっている。今更乗ったら強がってたことがばれる。もういっそ早く出てくれ、頼む。全然出発しない。早く出て。ああ。やっと出発した。急いだら絶対乗れてたやん。ていうかもう急がずとも乗れてたやん。もういっそ早く出てくれってどういうことやねん。

 

あとは降りる駅を間違えてしまったときに、すぐに乗っていた電車に乗りなおせばいいのに、『いやここが降りようと思ってた駅ですけど?』って高飛車にホームを歩いて、一回見送ってしまう。そして、次に来た電車に乗る。わたしは何と戦っているんだろう。

 

その他にも、友達と一緒に電車に乗って帰っていて、途中の駅で友達が先に降りた後の電車内での居心地が、大変悪くて苦手だ。すぐにイヤホンをつけるのもなんか憚られる。「お前さっきまで友達とペチャクチャしゃべっとったのに、ひとりになったらすぐに真顔で音楽聴くやん」って思われそうで。でも、そもそもひとりになったのに友達といる時みたいにニコニコしてて、ましてやひとりでそのまましゃべってたりしたら完全にやばいやつだから、そんなこと考えなくてもいいのになぜか考えてしまう。だから本当はすぐに音楽聴きたいけど、なんか数分間なにもしない時間を過ごしてしまうことがある。自意識がすごい。あと関係ないけど、かが屋のこのネタ好きです。

 


かが屋

 

でも、こういう自意識過剰な考え方は、電車に乗っているときに遭遇する他人の行動を見て、生じているのかもしれない。

 

ある日、わたしと友人で電車に乗っていたところ、ある駅で乗っていた電車のドアが閉まろうとしていた。そのときに急いでその電車に乗ろうとしていた男性の姿が見えた。その男性が乗ろうとしたときにちょうど電車のドアが閉まり始め、男性の方が少し遅かったため、男性の顔が挟まれそうになってしまった。そこまではまあ、『ああ、この人乗れんかったなあ』と思っていただけだった。しかし、そこでその男性も諦めて顔を引っ込めようとしたときに、男性の掛けていたメガネがドアに挟まれてしまったのだ。そして、男性が顔を引っ込めようとしても、メガネだけがドアに挟まれて電車内に落ちてしまいそうになっていた。メガネの持ち主である人間は電車に間に合わず、メガネだけは電車に間に合うという悪魔のようなシチュエーション。結局、その男性は電車には乗れなかったが、何とかメガネを回収することはできていた。そんな一部始終を見て車内には小さな笑いが起きていた。しかし、わたしはその男性を笑うことが出来なかった。電車に乗ろうとして乗れなかっただけでも恥ずかしいのに、ましてやメガネが挟まれてメガネだけ乗車に間に合ってしまいそうになるなんて。もしも自分の身に降りかかっていたらと、想像しただけでも恥ずかしいし恐ろしい。やっぱり電車に慌てて乗るのはやめよう、急がずに高飛車にホームを歩こうと、この場面を見てより一層強く心に誓った。

 

あとは、渡辺直美みたいな恰好をした人が、電車の中で静かにしていることに少しイラッとする。これに関してはもう完全に自分の言っていることが頭おかしいという自覚がある。でも思ってしまうんですよ。わたしは、渡辺直美のことは全然嫌いじゃない。なんならむしろ好きだ。あの明るくて天真爛漫な感じ。ただ、そんなイメージのある渡辺直美のような恰好をした人が、電車に乗っていてしんどそうな顔をしていたり、暗い雰囲気を出していたら、イラッとしてしまう。『渡辺直美みたいな感じやのに全然元気じゃないやん!』って思ってしまう。でも、それはその人が悪いのではなく、あの電車特有のみんなの疲れやストレスが溜まったような空間のせいなのだ。それは分かっている。けれども、渡辺直美みたいな恰好をするならば、そんな世間のしがらみは吹き飛ばして、電車の中でも明るい雰囲気でいてほしい。お願いします。すみません、意味分からんこと言ってます。

 

電車の中で聴く音楽にも色々ある。電車の中で音楽を聴くときって、調子の波がすごいよね。『今日はもうどの曲聴いてもいい曲に聴こえるわ』っていう日があれば、『あかん。どの曲も気分じゃないわ』と、ひたすら曲をスキップしまくる日もある。シャッフルで聴いていて曲の流れが最高のときは、『このウォークマン、ナイスDJやな』と思うときもある。一方でシャッフルにして、全くその日の気分に合わない曲ばかり流れる時は、自分のウォークマンなのに『こいつセンスないな』と思ってしまう。

 

電車の中では、読書や勉強が捗ったりするから、悪いことばかりじゃない。

 

 

この曲可愛いし、落ち着く。チルアウト。女の子のドーナツトークをトラックにのせると、こんなにも癒される曲になるとは。そして唐突に現れる「輪ゴムおいしい」。遊び心が過ぎる。わたしもこの曲みたいに、電車を前にしても柔らかい雰囲気でいれたらいいなと思います。