牛車で往く

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自分の中で自分の川を育てる(山納洋「歩いて読みとく地域デザイン」)

ゴールデンウィークは本を読もうと、山納洋の「歩いて読みとく地域デザイン」という本を買って読んだ。

 

歩いて読みとく地域デザイン: 普通のまちの見方・活かし方

歩いて読みとく地域デザイン: 普通のまちの見方・活かし方

  • 作者:山納 洋
  • 発売日: 2019/06/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

これまでも誰かと話をしながら散歩するのは好きだったのだけれど、コロナ禍になってから、持て余した時間をどうにかするべく一人で散歩する機会が結構増えてきて、何かしらの町(街)を見る目や知識があればもっと散歩も面白くなるんだろうなと思いこの本を選んだのだが、これが大変面白かった。特に著者の山納さんが大阪ガスに勤めていることもあってか、実例として出てくる場所に関西のものが多く、関西出身の自分にとって知っている場所がいくつもあったのが良かった。

 

yestage-kai.jp

 

上のページで紹介されているような木造の集合住宅は、自分にとっては特に普通の家とかもわざわざ思わないくらい馴染みのあるものだったのだが、これは近畿圏特有の「文化住宅」と呼ばれるものであることをこの本で知った。今まで文化住宅を見てもアパートだと思っていたのだが、文化住宅では玄関やトイレなどが分かれており、この点がそれらが共同のものとなっているアパートとの違いのようである。文化住宅は昭和30年あたりに戦後の住宅不足と人口の急増の影響を受けて一気に増えたそうだが、今では「木造密集住宅地」として火災や地震による災害のリスクが高いとされている。この本では、大阪のおばあさんが文化住宅について語った言葉が載せられている。

 

 (中略)うちの前も裏も文化やったけど、どっちも火事で燃えた。どっちも漏電。40年以上前に建った時分には電化製品はそんなに多なかったけど、その後増えたんを、電源増やさんとタコ足で繋いどった。それと古い家でネズミがいっぱいおって、コードをかじったんが原因。道狭いから、消防車が入れんで往生したわ。火い出たんが1軒でも、水かぶるから建て替えるわな。賃貸やから、出てってもらうのは簡単やろ。 p98

 

この部分を読んで、自分が小学生のころにクラスメイトの家が火事になったことがブワァっと思い出された。たしか彼の家も文化住宅であったから、ネズミかどうかは分からないが、これと似たように漏電などが原因であったのかもしれない(ちなみに誰も火災には巻き込まれず、みんな無事でした。)。

 

文化住宅に加えて、腰巻ビルというのも初めて知った。

 

dailyportalz.jp

 

腰巻きビルは、歴史的建造物を残しつつも床面積を稼ぐためにその上に高層ビルを建てるといったもので、大阪や神戸にもいくつも存在する。それにも関わらず、今までわたしはそれらをろくに認識もせず素通りしてきたことをこの本によって知る。これまでなんぼでも横を通ってきたのに・・・。さらには腰巻ビルには歴史的建造物とその上に乗っかる高層ビルという組み合わせの歪さからアンチ派の人も一定数いるようで、インターネットを調べてみれば神戸地裁なんかは特にボロクソに言われている。

 

takahshi.net

 

反対派の人たちからすれば、歴史的な建築物を残す方法が雑に思えるのだろう。とはいえ、なくさずにそのまま保存しようとするのも難しいから仕方ないとも思える。そして再び、神戸地裁の近くを何度も通ったことがあるにも関わらず、これまで本当に何も思わずに素通りしていた自分の感度の低さを思い知る。モダンな建造物の上にガラス張りの建物が乗ってるなあとか、変わってるなあとか、そんなこと一度も思いませんでした。夕方の地方放送局のニュースでたまに見るところだなぐらいのことしか思っていませんでした。これからはわたしも腰巻ビルに向き合っていく所存。

 

他にも読んでいると、町の建物や道路の様相の変わり目には戦争や地震などの災害がきっかけとして存在していることにも気付かされる。散歩をしているときに広い道に出ると爽快な気分になったりもするが、広い道路が通っているということは、それまでそこにあったはずのものが、何かが原因でなくなったことを意味している。

 

 広い道をみて「なぜこんな道を通せたんだろう?」という疑問を抱くのはマニアックだとお思いでしょう。ですがこれは大事なリテラシーなのです。日本では戦争と戦災があったことで、道路建設のための立ち退き問題には気づきにくくなっていますが、戦災を受けていないアメリカでは、戦後の郊外化の時代に、スラムと見なされた貧困近隣地区が高速道路を通すため破壊され、住民は立ち退かされています。都市は誰のために、誰の犠牲のもとにできあがっているのかということを、広い道路は時に教えてくれるのです。 p141

 

「人々が心地よく感じる環境」というタイトルの項も面白くて、神戸の住吉川について書かれている部分を読みながら、良さげな川やなあなんてことを思ったのだが、そう思えば知らない間に川に心惹かれるようになっている自分がいる。というのも、コロナ禍になり暇ができてからというもの、頻繁に近所の河川敷を散歩するようになった。そうすると、自分の中で近所の川が自分の川として育ってきて、散歩中に別の川に出くわしたりすると、自然と近所の川を比較対象として、この川は大きい/小さい、歩きやすい/歩きにくい、きれい/汚いなどと判定してしまっている。そんな風に、気づけば自分なりに川の良し悪しを決める基準として、近所の川が心の片隅に居座っている・・・。平方イコルスンの漫画「スペシャル」の伊賀が煙突が好きなのとか、「駄目な石」で橋をはしごしていた女子高生とかも、始まりはこういう風だったのかもしれない。

 

www.gissha.com

 

Mr.Childrenの名曲「名もなき詩」の歌詞

 

愛はきっと奪うでも与えるでもなくて
気が付けばそこにある物

 

がなぜか脳裏に浮かぶ・・・。

 


www.youtube.com

 

一番のサビもちゃんと歌って欲しい。まあそんなことは置いといて、とはいえ自分の川、自分の煙突、自分の橋といった具合に、まず自分の中で基準をひとつ決めて育て始めれば、今まで何とも思っていなかったものにも興味が湧くようになりそうとも思う。手始めに自分の煙突と橋を育てるか・・・。