牛車で往く

日記や漫画・音楽などについて書いていきます 電車に乗ってるときなどの暇つぶしにでも読んでください

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明日もまだまだ春じゃない

冬は寒くて何をするにも億劫で面白くないから早く終わって欲しい。一月になって日が少しずつ長くなってきたが、暖かくはなっていない。今ぐらいの季節の午後三時ごろの日差しには、夕暮れの気配を含んだオレンジ色の光が早くも紛れ込んでいて勝手に切なくなるから、休日などはできるだけ真っ白な光だけが差す時間帯のうちに外出して用を済ませておく。肌に受けた日差しから無理矢理に温もりを感じ取っては、春はもうすぐそこだと思い込もうとする。早く春が来てほしい。そして気持ちのいい散歩がしたい。そんな願いも叶わず、先日の朝、布団の上で目を覚ますと強烈な冷気が部屋の底を這っているのを感じて、体を縮こませながら布団を出てカーテンを開けると外ではめちゃくちゃ雪が降っていた。それを見て自転車は危ないだろうと電車通勤に切り替えた。会社の最寄り駅を出たところでは道路に雪が積もっていて、もう雪が積もってもはしゃぐ年齢じゃない、そもそも雪が積もって嬉しくなったことなんてあったっけ?と思いながら会社へと向かった。心なしか、いつもより町に人が少ない気がする。道路に積もった雪には巨人が通ったのかと思うほどの大きな足跡が刻まれていて、それは多分、最初に歩いた人の跡をたどったほうが滑りにくいだろうとみんながそこをなぞって歩き、次第に削られていったためにできたようだった。自分は危ないと判断した自転車に乗っている人もちらほらといて、そんな自転車に乗って雪が積もる中を走っていた女子高生のひとりは、角を曲がろうとハンドルを切った際にタイヤが滑ってそのまま電柱にぶつかってしまっていた。それを見て、やっぱり危ないから無茶はせんほうがいいで、と心の中で女子高生に声をかけながらも、多分自転車の方が電車とかバスに乗るよりもギリギリまで寝れるんだろうなとか、そもそも雪が積もるなんて前日には思っていなくて、起きた時間では遅刻を回避するために自転車に乗るしかなかったのかもしれないとか、そんなことを考えた。会社すぐ近くの人通りの少ない道に入るとそこは新雪だらけで、まだ誰にも踏まれていない雪を踏むと、ストローを短く切ったような形をしたプラスチックがぎっしりと詰まった枕に頭を預けたときみたいな、ギュッギュッとした感覚が足の裏から伝わってきて面白かった。道には御影石らしき石でできたベンチが設置されているのだが、そこにも雪がたんまりと積もっていて、もはや座れないベンチ本来の役割を失ったそれは何かお墓のパーツのひとつみたいに見えた。

 

そんな積もりに積もっていた雪は帰るころにはほとんど溶けてなくなっていて、雪も降っていないし歩いて帰ろうと通った河川敷に、雪の大きなかたまりがポツポツと残っているのを見つけて、それは誰かが作った雪だるまの残骸なのかもしれなかった。雪が積もってはしゃいだやつらの気配も一緒に残っているような気がする。そうすると、最近読んだ金井美恵子の短編「月」に書かれていた

 

この今わたしが見ている月は、はじめて見る月であり、同時にこれを見るのは今が最後なのだ、という考えが浮んだ。それから、そう考えたこの今の瞬間が、他の多くのことと同じように忘れ去られてしまうだろうと考えて無性に悲しくなった。それとも、いつかこの今の瞬間、今こうして見ている月と、この道と、風と、こうして今わたしの感じているすべての感覚を思い出すことがあるだろうか。 p69

 

の部分を不意に思い出したから、この雪だるまの残骸のある河川敷の風景が妙に印象的なものに思えてきたけれど、すぐに別にこの風景を忘れてしまうことは悲しくもなんともないなと思った(話は逸れるが、そんなに買うことはないけれど講談社文芸文庫を新品で買うと、自分もちゃんと働いてお金を稼ぐようになったなと思う)。

 

 

途中スーパーに寄ってパンコーナーに行くとレモンケーキを見つけて、その瞬間にフッと懐かしい空気が体に蘇ってきて、小学生のころ朝によく食べていたパンだ、と思った。小学生のころは朝ごはんに母親が適当に買ってきたパンを食べていて、そのレパートリーの中にレモンケーキがあった。個包装されたもの六つが一セットとなっていた記憶がある。アルミでコーティングされた銀色に光る袋の端のギザギザをピッと横に引いて破ると、袋の表面にうっすらと刻まれた点線がバトンを渡すようにして破れ目を繋いでいき、プップップッと手に微かな引っかかりを伝えながら袋が開いていく。開いた袋の口に指を入れると、指の先がスポンジ生地に触れてしっとりとした感触を感じ取る。そのしっとり感のせいでへばりついているレモンケーキと袋とを、袋をゆっくり押すようにして引き剥がしていく。取り出したレモンケーキはその名の通りレモンのように両端がすぼんだ楕円形をしていて、少し甘さの混じった本物よりもたるんだレモンの香りがしてくる。レモンケーキの底についているツルツルした薄い茶色の生地は、慎重に引き剥がしたはずが少しだけ袋にくっついたまま残っており、欠けた部分からはスポンジ生地が見えている。そんな記憶を思い出したのだけれど、そのときはクリームと粒あんの挟まったどら焼き風のスイーツの気分だったから、レモンケーキを手には取らなかった*1

 

そんなこんなでスーパーを出るとやっぱり寒くて、早く春が来てほしい、そう思いながら家に帰った。

 

*1:お店で見つけたレモンケーキは小学生のころに食べていたものとは違っていて、当時のものはどんなやつだったっけと調べてみると、それはエースベーカリーという会社のレモンケーキだった(【中評価】エース レモンケーキ 袋9個[エースベーカリー][4970055082015]のクチコミ・評価・値段・価格情報【もぐナビ】)。実際は個包装が九個で一セットだったが、それ以外の記憶は割とあってるっぽかった。