道を歩いていたら、向かいから歩いてきたおっさんが自分とまさにすれ違わんとするちょうどのタイミングで、喉に引っかかったタンを取ろうとカーッっと大きな音を鳴らした。それがあまりに不快で、自分は信じられない気持ちになった。もうちょい待てや。すれ違い切ってからにせえや。そんなタイミングを合わせて(こっちとしちゃあ悪く)かましてくるなんて、フレンドパークのシュポシュポポンピングして光がティリリリリリってやって来るあれか。咳とかであれば、少しだけ嫌な気分にはなるけど突発的なものだからしょうがないとまだ我慢できる。しかし、タンをカーッは自分でどうとでもコントロールできる事象と思われるから、わざとに思えてどうにも我慢できない。君子危うきに近寄らずを実践したいから、個人的にそういう人物にはグーグルマップでいうところのピンみたいなものをつけたい。そうして今後道でもう一度出くわしたときにはそのピンを目印としてかなりの距離を保ちたい。そんなふうに本当に信じられないような人がこの世にはいる。自分だったら絶対にそうはしないのにって思う。本当にそう思う。自分が武士だったら完全に斬り捨てている。斬り捨て御免である。でも鞘当てってどっちも悪くない? 当てに行った場合はそりゃあそっちが悪いけど、自然に歩いていてカツンって当たった場合にはお互いの注意不足というか、おぬし、とか呼び止められても、いやそっちも悪いやん、こっちからしても、おぬし、って感じやからってなる。いや、正確には、あっ、すみません、やけども。こっちはお互い様やと思ってるから、おぬし、とは思わんけども。ってな感じで、せめてものつもりでマインド上での斬り捨て御免を敢行していたら、空想上の世界は辺り一面血の海、君子危うきに近寄らずの指す危うきは自分だったんじゃないかと思うほど、すれ違うたびに人を斬り捨てている。自分が悪いのか、それとも世間におかしなやつらが多すぎるのか。町にあふれる雑音をシャットアウトすべく装着したノイズキャンセリング機能付きのワイヤレスイヤホンから流れてきたTHE HIGH-LOWSの「サンダーロード」がやたらと良くて、家に帰ってからYouTubeで改めてMVを見たら、台風クラブの「火の玉ロック」のMVを連想した。
【公式】ザ・ハイロウズ「サンダーロード」【25thシングル(2005/5/18)】THE HIGH-LOWS / Thunder Road
マーシーのギターと台風クラブのボーカルのギターが同じものだし、みんなが革ジャン着てるのも同じだし、ヒロトと台風クラブのドラムはどちらも坊主で似ている。そのままの勢いでハイロウズの「青春」を聴き、聴きまくっていたころの感覚を思い出して、音楽はそういう当時の空気をよみがえらせる力が良くも悪くもあると感じる。
最近読んだ「螢・納屋を焼く・その他の短編」が良かったから、続けざまに村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んでみたけれど、個人的には「螢・納屋を焼く・その他の短編」や「風の歌を聴け」のほうが好みだった。並行して進んでいく「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つの世界の話を、「ハードボイルド・ワンダーランド」の面白さのほうで読み進めることができたのだが、その「ハードボイルド・ワンダーランド」の面白さはずっと漂っている何かが起きそうという予感によるもので、最終的にはそのままこれといったことが何も起きずに幕を閉じた印象だった。前に挙げた作品と比較して「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は話の筋のある作風だったから、その筋を追うことで飽きずに読み進められた感じもあって、改めて物語の力を思い知った。その一方で、話の筋がある分、必然的に世界観を説明する文章が多くなり、例えば自分が好きだった「螢・納屋を焼く・その他の短編」に収録されている『めくらやなぎと眠る女』に出てきた
近所に酒屋があったので、僕はいとこに金をわたして、缶ビールを買ってきてもらった。いとこはまたコーラを飲んだ。あいかわらず良い天気で、あいかわらず五月の風が吹いていた。目を閉じて、ぱんと手を叩いて、目を開けると、いろんな状況ががらりと変っているんじゃないかという気がふとする。それは風が、僕の皮膚にこびりついた様々な存在感の上に、変なやすりのようなものをかけていくせいだ。そういえばずっと昔はよくこういう感触を体験したものだった。
p172
みたいなグッとくる瞬間の描写にはあまり出会えなかった。大人になるにつれて社会のしがらみか、はたまた勝手に自分がそういうものがあると思い込んでいるだけなのか、そういったものによってなんとなくで規定している正しいっぽい生き方やらアイデンティティやらについて、村上春樹は物語に託して書いたという出力の仕方の問題。こういったテーマの作品は、読む側よりも書く側のセラピー的な効果のほうが大きかったりするんでしょうか。そうして「世界の終り」のオチを読んで堕天作戦の「心も何度でも蘇りますように―――」というセリフを思い出したりした。
不死身の人とひとときの空中デートを楽しむ話 1/8 pic.twitter.com/P7Pu9uNLHu
— 『堕天作戦』公式 (@datensakusen) 2019年6月19日
