牛車で往く

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焼豚丼のこれまでとこれからのこと

自分はまた、これまでのことを忘れて焼豚丼をこしらえようとしている。


冷蔵庫から取り出したばかりの冷えて身が引き締まった豚バラブロックに突き立てたフォークは、ブスリというよりはタンッといった手ごたえで枝の根本まで一気に刺さる。引き抜くときには、少しだけ肉がほどけたヌスッと柔らかい感触が手元に伝わってくる。一体どれだけ穴を開ければいいのか分からないが、とにかく無心でタンッヌスッタンッヌスッタンッヌスッと豚バラブロックにフォークを突き刺しまくる。適当なところで穴だらけになった肉の塊を、このためにスーパーからちぎって口を開けずに持って帰って来たポリ袋に入れ、そこにタレとして砂糖、みりん、醤油を、加えて臭み消しにと、酒、生姜、にんにくやらを――臭み消しと言われても、自分はこれまで豚肉を生臭いと感じたことがないから、それらの効果はいかほどなのだろうか、にんにくに関しては入れたほうが臭いだろうに、そのにおいをもってして力づくでねじ伏せるようなものなのか――ドバドバと放り込み、それらを馴染ませるために手で揉み込む。

 

袋越しでも感じられる豚バラブロックのぬるぬるとした感触、この脂によるぬるぬるは本当に厄介で、例えば買ってきた豚バラの薄切りを包丁でちょうどいい幅に切ろうとして押さえた左手、切り終わったあとのその左手は脂でぬるぬるとしていて、それを落とすために石けんで洗うはいいが一度では落ち切らず(特に指先についたものはなかなか落ちてくれない)、そもそも冷水では脂の落ちが悪いとひねったお湯の栓もまた手の脂が乗り移ってぬるぬるになる、石けんをつける、指先を擦り合わせる、お湯で流す、手のひらを擦り合わせて脂が残っていないか確認する、これらを何度も繰り返し十分綺麗になったであろう手に最後にもう一度石けんを付け、水道の栓を撫でて綺麗にする――ひねるときに掴みやすいようにとつけられた水道の栓の窪みが、このときばかりは裏目に出て洗いづらく、撫でるたびに栓がくるくると回って蛇口からの水の勢いが強くなったり弱くなったりするのも鬱陶しい――そうしてようやく豚バラの脂が落ち切るといったこの一連の流れの煩わしさ。こうなるたびに、自分以外のひとも同じような目に遭っているのだろうかと気になるのだが、誰かしらに確認したことは一度もなく、もしかしたら他のひとはみな上手くやっているのかもしれない。最近知った上手くやる方法のひとつにピーマンの切り方があって、これまで自分はピーマンを乱切りするときには、縦に半分に切って中のわたをむしり取ったあと、つるつるの外身を上にして置いて切っていたのだが、中身の側を上にしたほうが切りやすいことを知った。包丁による切断面が平らなこともあって、外身を上にしたほうがまな板の上に置きやすく、自分は何も考えずに自然とそうしていたのだけれど、そうすると刃はつるつるの表皮に滑って刺さりにくく、包丁を無理矢理に押し込んだ結果ピーマンがばきっと割れてしまうことがよくあった。それに対して、中身の側はざらざらしているおかげでざくりと刃が刺さりやすく、それはもうピーマン自らが包丁の刃に両手を添え迎え入れてくれているのではないかと思うほど違う。


調味料を入れ終えたあとは、豚バラブロック全体を十分にタレに浸すために、袋の中の空気を抜いていく。抜けていった空気の隙間を埋めるようにポリ袋を伝って上昇していくタレの様子を見て、自分はなぜかふいに、理科の実験で安全ピペッターの押す順番を間違えて溶液がピペット内にヒュッと一気に昇ってきたときのことを思い出し、その瞬間にヒヤッとした感覚を抱いた。だからどう考えても量的にそんな心配はないのだが、タレがポリ袋から溢れてしまわないようにさっきよりも慎重に空気を抜いていき、液面が豚バラブロックよりも高くなったところでポリ袋の口を縛った。フォークで開けた穴に毛細管現象のようにしてタレが吸い込まれ味が染みていく、そんな目には見えない様子を想像しながら冷蔵庫に入れて寝かせる。次の日になり、いざ焼豚丼を作らんと豚バラブロックを冷蔵庫から取り出し袋の中から引き上げてみると、明るく血色の良かったピンク色のお肉が、燻製されたかのように暗く沈んだタレの茶色に変わっている。その姿を見て、今度こそ、今度こそは、と願いなどではなく美味しいはずだという確信、もしくは妄信、そのどちらが正しいのかはこの時点ではまだ分からないが、そんな思いを抱き、熱したフライパンの上にお肉を置く。じゅわじゅわと音を立てて泡立つタレのにおいが、自分がイメージしていたものよりもずいぶんと甘ったるくて、早くもこの時点で理想の味にはなっていない気がして不安になる。そう思えば今までもそうだ、自分が食べたいのは地元にある好きなラーメン屋の焼豚丼で、地元を離れた今では食べたくなっても気軽には行けない、それならばいっそのこと自分で作ってみようと思いつきで何度も焼豚を作り、そのたびに好きなラーメン屋の焼豚丼の味を求めているわりに特に調理法や使われている調味料を精査することなく、ネットで調べた焼豚のレシピのうち写真が美味しそうなものに飛びついてはおれの求めている味じゃないと失敗し続けており、未だかつてその味にたどり着いたこともなければ近づいたことすらない。そもそも大概の焼豚のレシピでは酒、醤油、砂糖、みりんが味付けのベースになっていて、この組み合わせじゃあどう考えても毎回同じような甘い味になる。ラーメン屋の焼豚丼はもうちょっと違う味のような気がする、うーん、と思い出そうとしてみれば、そうだ、甘いは甘くてももっとうなぎの蒲焼きのタレっぽい味だったような気がする、そう思って調べてみた蒲焼きのタレのレシピは酒、醤油、砂糖、みりん。もうどうすればいいのか分からない。


じゅわじゅわいわすフライパンの前でスマホを眺めながら立ち尽くし、とはいえ作り始めてしまったものは仕方がないから、レシピ通りに肉の全面に焼き色がついたところで袋の中のタレと水をフライパンに加え、灰汁を取りながらぐつぐつと煮詰めていく。煮汁のかさが減るにつれて豚バラブロックはつやつやと光沢を増していくが、フライパンから立ち昇るずっと違うにおいを嗅がされ続けているこちらとしてはすっかり諦めてしまっているから、その姿を見てもあまり美味しそうとは思えない。煮詰まって来たタレの表面に、豚バラブロックから滲み出た大量の脂が透明になって浮かんでいる。自分で焼豚を作れば二回に一回の確率で胃もたれしてしまう、でも今回は大丈夫だろう、そんなふうに作る前に根拠なく楽観視していた思いが揺らぐほどの恐ろしい量。LDLコレステロール爆増必至。なんでこんなことになっているんだろうと考えたところで後悔先に立たず、もうやり切るしかない、そんな自分は勇気100%よりも0点チャンピオン派。テカテカになった豚バラブロックをフライパンから引き上げてまな板の上に置く。安い包丁を使っているからか、なかなか刃が刺さらず、包丁を動かしてもお肉も一緒になって前後にぐにぐにと揺れるだけでほとんど切れない、その弾力から筋繊維は包丁とは直交する方向に走ってるんだなあ、なんてことを思う。動きを止めようとして添えた左手にお肉の熱が伝わって、あつっ!と思わず手を引っ込める。今度は指を丸めてできるだけ神経の通っていない爪で触れるようにして押さえてみるが、じきに熱が爪を貫通してくる、それは熱々の食べ物を前歯でかじるときみたいで、結局慌てながら切ることになった。せっせと切った焼豚を丼に盛ったご飯の上に乗せ、フライパンに残った煮汁をかけようとスプーンで掬ったはいいが、スプーンの口から底の方に向かって内径を小さくしながら凹んでいく形状のおかげで、タレの上に浮かんでいる脂の量がフライパンを覗いたときよりもはっきりと認識でき、それが掬ったうちの半分以上もあったもんだから、食べた後の胃もたれのことを考えてやっぱりかけるのをやめた。味は予想通り思っていたものとはかけ離れていて、その時点で気持ちは負の方向に振れてしまい、あとはもう胃もたれしないようにと焼豚の脂身を恐る恐る食べるだけになった。


食べ終わったあと、豚バラブロックを切ったまな板、包丁は脂まみれ。冷めたフライパンの中では豚バラの脂が真っ白になって固まっており、それをそのまま流しに流すことはできないから、タレをかけようとしてやっぱりやめたときのスプーンを再利用して、脂をブルドーザーのようにでろでろとかき集めてゴミ袋に捨てる。食器用洗剤の謳い文句、油汚れも一回で落とせるぅ? 嘘つくんじゃねえ、一回洗っただけじゃあ全然落ちひんやんけ、食器を洗う順番も気にしなくていいとか言っとりますが、脂がついたもんを先に洗ったら別の食器にちゃんとぬるぬるが移ったぞ、ただ売れたいからって背伸びするのはどうなんだい、そっちが開発上どんな試験をもって評価した結果そんなことを声高らかにのたまってんのか知らんけども、今回のおれと同じ材料で焼豚を作り、そのときに使ったまな板と包丁を洗ってみい、それでほんまに一回で落ちんのか?と、なんならおれが好きなラーメン屋の焼豚丼も作ってみい、と焼豚丼に失敗してささくれ立った気持ちを洗剤のメーカーにぶつけてしまう。

 

もう何度もこんなことを繰り返し、そのたびに失敗している。こうなりゃあ、実際にラーメン屋で働いて作り方を習得するしかない、自分はこういった発想によく行き着く、王将を食べたときなんかしょっちゅう考える。忙しい飲食店で働く根性などなく、絶対に行動に移さないくせに。「反省はするけど後悔はしねえ」って誰かが言っていたけれど、自分は全くその逆で、反省しないくせに後悔はする。だからもう焼豚に関してはこれっきりにしよう。そう思ってから数日後、豚バラをやめて豚肩ロースにすれば脂の量は少なくなるんじゃないかとか、蒲焼きのタレのレシピが酒、醤油、砂糖、みりんってことは、逆に言えばそれらの量を上手いこと調整さえすれば、甘すぎないラーメン屋のものみたいなタレが再現できるんじゃないかとか、気づけばまた焼豚丼のことを考えている。金輪際自分で焼豚を作るのはやめにしようと思っていたはずのに。でもちょっと待って。豚肩ロースを使おうとか、調味料の比率を変えようとか、それって反省と言えるんじゃないか? あと一回ぐらい作ってみるのもありかもしれない、今はそんな気になっている。