牛車で往く

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風が強くて聞こえない

暑いより寒いほうが苦手だし、花粉症でもないから、春の到来が嬉しい。夜に窓を開けたらちょうど涼しいくらいの気温で、部屋に入ってくる空気に匂いがするのが単純に嬉しい。河川敷にも草いきれがそこはかとなく立ち込めていて、匂いがする、ただその程度の刺激で脳が活性化して生きてるみたいなことを思う。冬よりも春のほうが生きてるって感じがするから嬉しいのかもしれない。春のこの感じが好きだから、ただただ花が咲いているだけで満ち足りた気分になる。冬に桜が咲いたって菜の花が咲いたって、多分こんな気分にはならない、春に咲いてくれるから良いと思う。

 

ある日の帰りの河川敷で、蝉の死骸が落ちているのを見つけて二度見した。一瞬写真を撮ろうかと思ったけれど、そんなもん撮ってどうすんねん、と思い直し、そのまま通り過ぎた。通り過ぎてから、撮るのなんてパッと一瞬で、別にただの個人的な記録として撮っておけばよかったのに、と後悔した。撮っていたとしても別に良い写真が撮れたなんて思っていなかっただろうが、撮らなかったら撮らなかったことが急に重みを増してずーんと自分の真ん中に鎮座しはじめたように感じられた。そんなことを通り過ぎてから思ったけれど、通り過ぎながらにしてすでに思っていたようにも思う。まあ過ぎたことは仕方ないから、「春 蝉」と検索して、これは一体どういうことなんだと調べてみると、春の蝉、ハルゼミなるものがいるらしかった。

 

www.nhk.or.jp

 

でもハルゼミの住処は松林のようで、松はたいてい海の近くに生えているもんで河川敷なんかには生えていないから、落ちていたのは奇跡的に去年の夏から何にも食べられずに生き残った蝉の死骸なのかもしれなかった。蝉の死骸って、一体だれが食べるのか? そういえば野生の動物の死骸を見たことがない。

 

okwave.jp

 

自分と同じような疑問を抱く人はやっぱりいるらしく、でもこれらの回答が正しいのかどうかは分からない。この目で見たことがないから、そういうもんなんだなと思うことしかできない。でも別に見たいわけでもない。春は変化のスピードが早くて、先週には綺麗に満開だった桜の花びらはほとんど散り、茂り始めた緑の葉のほうが目立ってきた。歩いていても絡まれることのなかった羽虫が、今はもう無数に飛んでいて顔にぶつかる、そのたびに目をつむって顔をそらす。クマバチかミツバチかが強制エンカウントの中ボスみたいに、こちらを向いて道に浮かんで待ち構えているのに遭遇することも多くなった。河川敷に人も増えた。近所の大学生がサークルの新歓か何か知らないが、チラッと見た感じ特に何かをしているわけではなく、ただ集まっているだけっぽいのに、それだけで盛り上がっている。春のそんな変化になんだかうれしくなるのは昔の自分じゃ考えられないことで、別になんでもないことのはずだったのに、今はそうじゃなくなっている。

 

春になると風の強い日が増える。風が強くて音が聞こえないなんて経験の記憶はないけれど、どうやらあるあるらしい*1。「愛してるって言ってもきこえない 風が強くて」、「風の音がジャマをしている」、「風が強くて何も聞こえない」。聞こえなかったから、風が強くて聞こえなかったこと自体に気づかなかったのかもしれず、風が強いせいで聞き逃していた言葉があったのかもしれない。高校生のころ、部活の先輩と話していたときに、その先輩はしゃべるのが早いわりに声が小さく、言っていることが聞き取れないタイミングがあって適当に愛想笑いをしたら、「なに笑ってんねん。別に笑うとこちゃうぞ」と言われた。それは聞き取れた。先輩も先輩で、よう「なに笑ってんねん」って言えたと思う。そういうやりとりって大抵なんとなくで過ぎていくやん。自分にも自分の言ったことが多分聞こえてないなあ、でも何となくで笑ってんなあって、相手を見て思うときがあるけれど、そこを指摘しようと思ったことはない。それを指摘できるのってすごい。でも普通にゆっくり大きな声で話してほしい。風の強いときは特に。

*1:誰か「風が強くて聞こえない作品まとめ」みたいなページを作ってほしい。