年末年始、実家に帰省している間、暇になったから海辺に散歩に出た。晴れた日の昼間、海面の日差しが当たったところだけ明るく綺麗な緑に光っている。でもずっと眺めていると、強い風で暴れる波に土砂が巻き上げられているのか、その緑はドブみたいな色をしていることに気がつく。大晦日の辺りの月齢はほとんど満月に近く、日が落ちきる前のまだ薄明るい空にはすでに丸い月の影が浮かんでいる。日が落ちると月はくっきりと輝きを増し、模様が肉眼でも結構しっかり見える。望遠鏡で眺めたりしたら余計にはっきり見えて、めちゃくちゃ近くに感じてマジで行こうと思えば行けんじゃないか?みたいな気分になるのかもしれない。誰か望遠鏡持ってない? 買ってまで見たいとは思わないから、持っていたら覗かせてほしい。実際に月には行かないほうが良いだなんてことは、だいたい想像がつく。ロマンはロマンのままで。だいぶニュアンスの話になるけれど、余計なことすんなよってことはこの世に色々あって、沖縄のジャングリアとかいうテーマパークも、あれ誰が良いと思って作ったん?とか、わりと信じられない気持ちになるというか、沖縄の良さってそういう作られたものではないやんって思うんだけれど、じゃあ沖縄を自然なままでって、それは住んでもない自分が勝手に理想を押し付けているだけで、実際に住んでいる人の中にはもっと沖縄に便利なものや楽しい場所ができてほしいと思っている人がいるかもしれず、それに対してもちろん自然を守りたいと思っている人もいて、とかうんたらかんたら考えて、もう大学生のころみたいに、海キレイ!あったかい!沖縄最高!と単純には言えなくなった。海を渡って吹いてくる風の冷たさが、脳内で沖縄の暖かさを再現しようするのを邪魔する。冬のこの、寒さで体が硬直する感じが嫌いやねんなあって、ほんでいざ電車とか店の中に入ったら暖房が効きすぎてて暑い。そりゃあ自律神経も狂っちゃいますわって思いながら、自律神経とかいう概念を一丁前に転がしてんなあと俯瞰する。まだ冬も折り返しぐらいなのに早くも春の訪れが待ち遠しい。花粉症になってしまえば春のことも嫌いになるのだろうか、じゃあ冬嫌い、春嫌い、夏子どものころより魅力が減ってる、秋よく分からん、ってもう花粉がなくて暖かいごく短い隙間の季節しか待ち遠しくなくなるやん、そうなったら冬を愛せるようにどうにかしようか。とりあえず寒いのがキツいのであれば筋トレをして、においがないのが楽しくなければ部屋で植物でも育てて、ご飯はまあ美味しいからそれはそのままで、ああ金持ちやったら冬の間は暖かいところで過ごすのに。春になったら日本に帰ってきて、自分も渡り鳥のように過ごせたなら。車の中は温度の調整が効くからまだマシ。高速道路を走る車の助手席に座ってふと目をやったサイドミラー、に映る車体側面、に反射する青い空と流れていく周囲の景色。the Loupesの人たちもこういう瞬間が印象に残って感じることがありそうとか、彼らの曲の歌詞から勝手に想像して期待する。Natural Punch Drunkerの「茜色の場所」で歌われている『通り過ぎてく車 向こう側 最高のときに思えて いつまでも消えることがないんだ』って感覚が自分にも分かる。目に映る風景のあらゆるものの輪郭がやけにくっきりとして見えるときがある。それが脳までくっきり冴えているかのように錯覚させる。チェーン店でもないのに正月三が日に開店していた、自分が焼いたのと大して変わらないクオリティのハンバーグが提供される喫茶店のテレビで見た箱根駅伝の面白さはまだ分からないままだった。隣のテーブルにいる友だち同士と思われるおばあちゃん二人組のうちのひとりが、この歳になったらもうときめきたくない、なんて愚痴っぽく言う。あのころのTAKAHIROが至っていなかった境地。そして今の自分も。
エバース【渋谷よしもと漫才劇場『オープニングネタフェスティバル』】
箱根駅伝と思われちゃうだろ、思われねえよ、思われねえよ実際は、っつう部分をABCお笑いグランプリのネタにガッチャンコしたエバースのM-1グランプリ1本目のネタは、ほとんど既視感のあるものだったにも関わらずちゃんと面白くて、でもそれはYouTubeで野球肘にドッペルゲンガーを何回見ても面白いという事実から、そりゃあそうかとも思えた。ドンデコルテの2本目は、光りながら自転車に乗ればなぜ自分という意味から逸脱できるのかを説明した論法が上手いに加えて面白く、さらに渡辺さんのキャラも相まって、そこら辺の着眼点の面白さだけのネタとは一線を画していた。でも一番笑ったのはたくろうの2本目で、二人とも思っている以上に吹き替えに適した声だったのが何気に面白かった。とかブログに書きながら、お笑いの話って現実世界で(ブログはなにもバーチャル世界ではなくこれも現実世界の一部だけれど、ここでは生身で向かい合うという意味で使ってます)ネタのフレーズを真似しながらワーワー話すのが結局一番楽しい、とコツコツやっていたスマホアプリのゲームを急に消したくなるみたいな、突然乱暴な結論を下して書いていたことを台無しにしたい衝動に駆られる。やけに何かを食べたくなる、そういう衝動に駆られる夜の部屋の時間がある。それに任せて机の上のお菓子に手を伸ばしてハタと止める。で、結局止めた手を伸ばしてつかむ、ごみ箱を手元に持ってきてその上で個包装の袋をやぶる、顔を近づけてかじる。たかだかふるさと納税をしているだけで生きるのが上手いみたいな顔をしてくるやつを、殴るほどではないけどどうにか一発何かを思い知らせたいみたいな衝動もある。やった方が得をやらないと損って、うっさいんじゃボケって感じですわホンマ。そもそもふるさと納税などという、ふるさと以外も選べる訳の分からない制度をおれは認めていない。