牛車で往く

猿も木から落ちる イチローも肉離れする

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It's so cold, cold as hell

中途半端な暑さがダラダラと続いたおかげで、今年の冬は比較的暖かいのかもしれないと思っていた矢先、先週くらいからつま先やら肩やらが少しでも掛布団からはみ出そうものなら、その部分がひやりと冷気を感じ取り、体が縮こまってしまうほどに寒くなった。朝は朝でもちろん寒く、これまでは家を出たばかりこそ寒いが、自転車を漕いでいるうちに体がポカポカしてきてマフラーを外すことも多々あったところ、今は手袋にも靴にも冷えた金属の塊に触れてるみたいに冷気が貫通してきて、会社に着くまできっちりずっと寒い。朝の河川敷の雑草にも霜が降り始めた。毎年、霜に覆われて白くなった日陰の雑草と、太陽の熱によって霜が溶かされたおかげで本来の緑色を放っている日向の雑草がコントラストをなしているのを目にするたびに、冬の寒さが一段厳しくなったんだと思うのだが、いざその光景を目にするまでは、例年冬の河川敷にこういった変化が訪れることを思い出せない、思い出さない(霜の降りた雑草は、たまに遠くからだと天ぷらみたいに見える。でもそれを見て食欲は湧かない。朝だし、すぐに冷たそうと思い直すから)。冬の寒さが一段と厳しくなったのを感じながら漕ぐ自転車の上、Electric Light Orchestraの「Latitude 88 North」を頭の中で再生し、「It's so cold, cold as hell」と歌ったところで、鬼たちに取り囲まれた大きな窯の中でぐつぐつ茹でられる、地獄といえば熱いもんだろうというイメージに反するその表現に引っかかった。

 


Latitude 88 North

 

自分のこのイメージとのずれは、日本(仏教)とイギリス(キリスト教)の地獄観の違いからくるものなのか。寒さに怠けて引きこもりがちになった家での暇な時間に、こたつに入りながらそんなことについて調べてみれば、地獄ではちゃんと、八熱地獄とあわせて八寒地獄なる寒いものも取り揃えられていた。『おれ、寒いより暑いのほうがマシやから夏のほうが良いわ』と、夏と冬とを比較するかのごとく好きな方を選べるのか、などという温い考えが頭によぎり、そのあとすぐに、いざ自分が地獄に行ったときに、八熱地獄と八寒地獄のどちらに送られるにせよ、洒落にならない苦しみを受けながら、あれはなんて温い考えだったんだと思い出すような気がした。ついでに、死んだ人を天国か地獄かに振り分けるのが閻魔大王というのは所属が地獄寄りではないかと、以前から思っていたことについても調べてみたところ、天国・地獄の振り分けは、閻魔(大)王だけではなく秦広王や初江王などといった、その他総勢十王の審判を七回も受けた末になされる仕組みということが分かった。あれほどめんどくさいと思いながら終えた就職活動の面接三回がゆるく思えるほどの審判が、死後にまだ待ち受けており、それをくぐり抜けてようやくたどり着ける天国とは、いったいどれほどのところなのか。そう思ったときに初めて、天国について地獄ほどは知らないことに気がついた。子どものころによくやっていた、指先と水かきの部分を自分の名前の文字数だけ「天国・地獄・大地獄」と言いながら登ったり降りたりする手遊びでも、地獄行きの確率の方が高く、人は天国よりも地獄に関心が傾いているように思われる。その理由を自分の心持ちと照らし合わせて考えてみれば、天国に行ける期待よりも、地獄に落ちる恐怖のほうが大きいから、というところに落ち着く。地獄に落ちる恐怖のほうが大きいから、地獄ばかりに気を取られる。多分、自分が天国に行けたときに抱く感情は、天国に行けた喜びよりも地獄に行かなくて済んだという安堵のほうであり、自分が天国に行きたいのは、とどのつまり地獄に行きたくないからであろう。これが本当にみんな同じなのかは知らないが。そんなところまで考えたときに、とはいえ「It's so cold, cold as hell」の「hell」は単純に、「ヤバい」という意味で使っている可能性もあることに思い至った。「地獄か思うくらい滑った」、「気まずすぎてホンマに地獄やった」なんてふうに、自分も大して地獄じゃないのに簡単に地獄体験と評する。それと同じようにして、ELOも「さむっ。寒すぎて地獄やわ」と歌っているのかもしれない。一度そう思い始めるとその線がかなり有力に思えてきて、なんとなくそっちだろうと分かったつもりになって、座っていた体をこたつに入ったままであおむけに寝かせた。こたつに温められたことにより血液が巡って活発になるわけでもなく、むしろぼーっとした頭で触るスマホのYouTube。そのおすすめに出てきたダイアンの動画を適当にタップして見ていると、津田の夏の朝からは蝉の声が、ユースケの秋の夜からは鈴虫の声が聞こえてきて、冬は虫の鳴き声が聞こえてこないから寂しいなんて気持ちになった。

 


津田の夏モーニングルーティン・ユースケの秋ナイトルーティン【ダイアンYOU&TUBE】

 

冬がなんだか物足りないのは、生き物の気配が薄くて静かだからかと思っていたら、冷蔵庫がブィーンとうなりを上げて、そういうんじゃないからって心の中でツッコんだ。