牛車で往く

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卒業ソングの良さは卒業して時間がたってから気づく

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毎朝の自転車での通勤経路でよく目にしていた男子高校生の姿を、最近めっきり見かけなくなった。春休みにはまだ早い時期だから、彼は高校3年生であり、卒業してしまったのだろうか。高校の卒業式はだいたい3月の1、2週目だった気がするから、卒業なら合点がいく。

 

わたしは卒業式では全く泣かないタイプだったので、特に感動もしなかった。めちゃくちゃ泣いてる友達とかを見ても、『別に一生の別れでもないし、また会おうと思ったら会えるしなあ』と思っていた。でも今なら、卒業することの寂しさは卒業して時間が経ってからやってくるということを知っている。もう戻れないという事実を噛み締めたころに寂しさはやってくる。部活中に今週のジャンプの話をしたり、テストの点数を競ってジュースを賭けたり、後ろの黒板に先生の似顔絵を描いて笑ったりする時間はもう二度とやってこない。渡り廊下を歩くことなんてもうないんだろうな。まあ、そんなことを思うようになると、今まで分からなかった卒業ソングの良さも分かるようになってくる。ちなみに、わたしがここでいう卒業ソングとは合唱曲のことである。

 

例えば「仰げば尊し」。

 

 

実際に卒業式で歌うことはなかったが、今この曲を聴くと良いなと思う。果たしてこの曲で歌われているような師に出会えたかどうかは難しいところだが。ただ、この曲の歌詞は少し難解である。特に2番の「やよ」とは一体どういう意味だろう。

 

www.dwc.doshisha.ac.jp

 

このサイトによると「やよ」は呼びかけの言葉であり意味は特にないようだ。ただ後ろに続く言葉を強調するような効果があるらしい。だから、2番の歌詞の「やよ忘るな」は「忘れるな!」という風になる。

 

「今日の日はさようなら」も今聴くとなかなか胸に迫るものがある。

 

 

この曲が森山良子の楽曲であるとは知らなかった。そして直太朗は同じ曲名で全く異なった曲を出している。いつまでも絶えることなく友達でいることの難しさは歳を重ねないと分からない。冒頭にも書いたように、卒業式の時点では自分はいつでもまた会えると思っていた。ただ、高校を卒業して時間が経つと、気づけばあの頃仲の良かった友達とはあまり会わなくなっている。普段生活しているときはこの事実を意識することはないが、ある夜にふと『そういえばあの子どうしてるだろう』と思うことがある。そして、『あの子はいいヤツだったなあ』と思い出し、本当に幸せな人生を送っていてほしいとか考えたりする。

 

卒業した後と次の環境に移るまでの期間。特に小学生から中学生の間は何にも思ってなかった気がする。特にこだわりのない髪型をして制服を着ている自分の写真を母親がケータイで撮っていた気がする。ネクタイは中学に入学するときに初めて巻いた。あの頃は、春も夏も秋も冬も気温の変化以外の違いは意味していなかった。別に春は出会いと別れの季節とも思っていなかったし、夏は暑いだけで少年時代を思い出すキッカケの季節でもなかった。まあそりゃそうか。秋なんかどうでもよかったし、冬は別に人肌恋しくもなんともない。ただ持久走が嫌なだけの季節。海も見に行きたいと思わなかった。別れた誰かのことを思い出すこともなかった。雨の日に必要以上に気持ちが沈むこともなかった。ただ部活の筋トレが嫌だなあと思うだけだ。夜に何となく散歩したくなることもなかった。手足に重りをつけて日中過ごしていれば外した時に強くなれると思ってた。月が綺麗な日があるなんて気にすることもなかった。ジャンプを読めばちゃんと面白かったし、赤マルジャンプが合併号の穴埋めなことも知らなかった。アルバム1枚で捨て曲がない名盤をひたすら探していた。

 

本当に何度も思うことだが、日常の素晴らしさや芸術の良さが分かるようになるということは、代わりになにかを失っているような気がして仕方がない。寺社仏閣の良さが分かり出したら大人。季節の変化を気にしだしたら大人。スポーツをすることより観ることが多くなったら大人。卒業ソングの良さが分かりだしたら大人。なんか落ち着いてきたなあ。

 

そして大学を卒業して、もう人生において卒業することは無いんだなと思う。

 

卒業は遠ざかること プレパラートに頭を寄せ合えるこの夜からも  永田紅

 

あんなに早く抜け出したかった研究室生活も、今じゃ懐かしく思えるのは、教授の文句を言いながら一緒に過ごした友人たちのおかげだろう。

 

でもこうやって振り返ってみて、思い出補正がかかり過ぎている気もする。あの頃は本当に今思っているほど楽しかったのだろうか。あの頃考えていたこと、もっとちゃんと日記とかに書いて残しておいたら良かったと今になって思う。