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人生になかったはずのノスタルジー

  

トランスフォーマー マスターピース MP32 コンボイ (ビーストウォーズ)

トランスフォーマー マスターピース MP32 コンボイ (ビーストウォーズ)

  • 発売日: 2016/10/29
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

 

最近は自分にとって懐かしい作品に関する情報が流れてきている。まずはビーストウォーズ。

 

www.cinematoday.jp

 

トランスフォーマーシリーズの映画が新たに2本製作されるらしいのだが、なんでもそのうちの1本がビーストウォーズを基にしたものとなるらしい。マジッ?!って感じです。ビーストウォーズはわたしが小学生のころに放送されており、おもちゃもたくさん持っていたほど好きな番組であった。中でもサイをスキャンしたライノックスが好きだった。語尾の〜なんだなが懐かしい。ただ好きだと言ったわりにライノックスのおもちゃは持ってなかった。どういうこっちゃ。コンボイやメガトロンは持っていて、メガトロンは喉の部分が外れて、そこに水を入れると口から水鉄砲が出る仕様になっていた。ハチのワスピーターは出てきてすぐ負けるキャラだったな。「ワスピィーターへんし〜ん」って言ってる間に撃たれてどっか飛んでいくみたいな。最終回のパロディ祭りは、当時小学生のわたしにはまだ早く、面白さが分からなかった。パロディネタの面白さが分かるようになったのは、大人になった証。ビーストウォーズはその後、メタルスという続編も製作され、そちらももちろん夢中になった。タイガトロンとエアラザーがよく分からない花に食べられて死んでしまったと思っていたら、なんと合体してタイガーファルコンというめちゃくちゃカッコ良くて強い戦士になって帰ってくるという胸熱な展開。小学生のころはキャラが死ぬという展開に慣れていなかったから、二人が食べられたときはえげつないほどショックを受けたことを覚えている。普通に泣きそうになった。そんな思い出のビーストウォーズが復活するかもしれないなんて、嬉しいような、ちょっと不安なような何とも言えない気持ちである。

 

そして続いてはデジモンアドベンチャー。こちらもわたしが小学生の頃に夢中になっていたアニメであり、4月から新しくアニメが放送されるようだ。それに伴って東映チャンネルでデジモンアドベンチャーの過去の映画が放送される。

 

www.toeich.jp

 

やっぱりね、デジモンアドベンチャーは団地に住む小学生たちという設定が秀逸だったと思うのだ。デジモンにおいては団地はいつだって平和、平穏、日常の象徴となっており、そんな団地と対比することでデジモンが出てきたときの独特の緊迫感が演出されていた。劇場版1作目の「デジモンアドベンチャー」に関しても、太一とヒカリが住む団地の部屋でのコロモンとの触れ合いを描写したからこそ平和な空気感を醸し出すことに成功し、後にグレイモンに進化して凶暴になり、町でバトルが始まったときの不安な感じが引き立てられたように思う。さらには2作目の「ぼくらのウォーゲーム!」に関しても、インターネットの中で起きている危機に太一たち以外の団地で暮らしている人々は全く気づかないまま過ごしてることで、インターネットの世界での危機感がより強調されている(このときの太一のお母さんの能天気さたるや。)。まあなんせこの団地という舞台設定、これがわたしにとってはものすごく重要な意味をもっているのだ。正直に言うと、わたしはサマーウォーズは完全にぼくらのウォーゲームを薄めた劣化版だと捉えている。映画の舞台も団地から田舎に移り、主人公も小学生から高校生に変わってしまった。そして取ってつけたような恋愛的要素。なんだかもう完全に青春っぽい、それっぽいだけの映画になってしまった気がしてガッカリだ。タイトルにもサマーなんて付いちゃってるし。田舎、夏、高校生みたいな分かりやすい青春っぽさ。

 

まだ全然社会的に自立できていないと考えられている小学生が、大人たちの気づかないうちに世界を救っているのが良かったのに。それを数人の同じ小学生の仲間たちの間だけで共有できているのが良かったのに。そして、自分たちの生きている世界とは違う世界のモンスターたちと絆で結ばれているのが良かったのに。これらの要素全てがサマーウォーズでは無くなっていて、おれたちだけの平凡な夏休みのうちの特別騒がしい1日っていう感じが消え失せていて、もうなんだかなあという感じだ。サマーウォーズなんて想いを寄せている先輩に誘われて、いきなり特別な夏休みが始まるって感じになっている。なんだか大人が考えるありがちなノスタルジーになってしまっているような気がする。

 

ノスタルジーで思い出すのはハイロウズの「青春」。この曲は今、ソフトバンクのCMで使われている。

 


ソフトバンクCM「青春放題 PART2」篇(60秒)

 

相変わらず名曲だなあとは思うが、何かのブログでハイロウズは「青春」を分岐点として変わってしまったと書かれていたのを思い出す。『どのブログだったっけ〜』と思いながら適当な検索ワードを入れて検索すると、このブログがヒットした。

 

plaza.rakuten.co.jp

 

記憶の中ではもうちょっと辛辣にハイロウズの変化について書いていた気がしたが、それは気のせいであった。ただ、このブログを読むまでは単純にいい曲だなあと思っていた「青春」に対して、違う角度から捉えられるようになったのは確かである。

 

 ブルーハーツの頃とハイロウズになった自分たちでは何が違うか。ブルーハーツの頃は青年あるいは少年の代弁者でもあったが、ハイロウズになった自分たちは純然たる「大人」である。

 (中略)

 『青春』という曲は、大人の視点から「あの頃こんなふうに過ごせれば楽しいだろうな」と回顧するような内容の曲である。それはある意味でブルーハーツの頃には歌えなかった「青春」の歌である。

 

ブルーハーツのころはいつだって今を歌ってきたヒロトとマーシーの2人が、確かにこの「青春」では完全に過去を振り返って歌っている。いつまでも青臭いままと思っていた2人も、実はあの頃は青春だったと振り返る大人のような考えになっていただなんて、言われるまで気が付かなかった。この曲は記憶の中の青春を歌ったものになっており、2人の曲にしては"それっぽさ"が拭えない楽曲になっている。とはいえ、わたしがそういう楽曲に弱いのも確かなんだけども。そして、こういった楽曲で描かれる世界観は、わたしの人生には絶対に無かった瞬間であるはずなのに、こんなにも懐かしい気持ちになるのはなぜなんだろう。

 

そしてそんな"なかったはずのノスタルジー"を感じる代表格が、スタジオジブリの映画だ。今さら、夏にNHK BSプレミアムで再放送されていた「久石譲 in パリ」を録画したものを見る。

 

www.ghibli.jp

 

ジブリ作品、そして久石譲の楽曲が喚起するえげつないほどのノスタルジー。ジブリ映画に出てくるような場面なんて、自分の人生には全くなかったはずなのに、この胸が苦しくなる感覚はなんなのだろうか。

 

そう思うと、過去を振り返ってやたらとノスタルジーに浸るようになったころが、大人の始まりなんだなと感じる。自分はいつから、やたらと過去を振り返るようになっただろうか。それと同時に今を活躍している人物、例えば大谷翔平などは、過去を振り返って懐かしいなあなんて思うことはあるのだろうか。ただ懐かしいというだけではなく、わたしのようにまるで現実逃避的に過去の思い出に浸るような。ないやろな、多分。過去ばかり振り返っていても、未来には進めないと言うけれど、過去を振り返らないと今を耐えられないこともあるんですよね。難しいよね。