暇すぎて散歩に行った。電車の車窓から眺める街がどれもいい街のように思えるのは、自分が住むことのない関係のない街だから。電車に乗りながら、人生で一度しか訪れたことがないけれど何故か印象に残っている場所を再訪するみたいな企画の番組をやってほしいとか考える。再び訪れたときに、そこで記憶がより鮮明に蘇ってこようが、こんなんやったっけと記憶と食い違っている気がしようが、どちらでも構わないから、記憶の中の風景と今現在目の前に広がっている光景との関係について話をしてほしい。
駅を降りて適当に国道に沿って歩いていると、途中で大学の目の前を通ることになった。この日はほんのり汗をかくぐらいの気温で、歩いていると何故か突然半袖を着ていることが嬉しくなった。大学周辺には若い人がちらほらいて、おそらくその大学の学生たちなのだろう。そんな彼、彼女たちの姿を見て自分の学生時代を思い出したりした。ニコルソン・ベイカーの「中二階」では、主人公が会社を辞めるときのことが以下のように書かれている。
しかし、自分が解決することを仕事としていた諸問題が見る影もなくしぼむのと入れ替わりに、警備員の会釈や、退出時に名前を書き込むノート、エスカレーター、自分の机の上にあったこまごまとしたもの、同僚のオフィスの眺め、ある決まった角度から見る彼らの顔、洗面所のたたずまい――そういったものがまるで魔法のようにどんどん膨らんでいって、ついにはかつて中心的であったものと周辺のディテールとが完全に逆転してしまうのだ。 p125
自分の学生生活を振り返ったときにも、勉学に励んだことよりも(そんなに励んでたか?)、学食とか購買とか、キャンパスへと続く誰か知らない大学ゆかりの偉い人の名前が付けられた道の風景だとか、そんなことのほうが思い出される。この国道沿いの大学に通っている学生の中にも、卒業したら自分と同じように頑張ったり苦労したことよりも今歩いている道の何気ない風景だとかのほうが思い出される人がいるのだろうか。そして、一週間ぐらいでいいから、とても綺麗なキャンパスの大学で学生生活を送ってみたいと思ったりもした。
大学の前を通り過ぎてしばらく歩いた先には、登り坂、その次に下り坂が続いていて、登りは蒸し暑かったのに下りに入ると涼しい風が吹いてきた。なぜ。坂の道沿いには竹林が茂っていて、周りに人がいなくて暑いからと少し下げたマスクの隙間から、枯れ草と土と湿気の混じり合ったにおいがしてきた。坂を降りたところの十字路にはコンビニがあって、そこでペットボトルのレモンティーを買った。コンビニを出て目の前の交差点の信号を渡ろうとする途中で中学生ぐらいの女の子3人、ふたりは徒歩でひとりは自転車を押した子たちとすれ違い、この近くには中学校があるのだろうと考える。天気が良くてレミオロメンの「南風」や「太陽の下」とかを聴きながら、そのままさらに東の方向へ坂を降りて行った。
「太陽の下」の二番に入る前の、イントロのピアノと同じメロディーで弾かれるギターがたまりません。胸にグッと来る。「ether」とかめちゃくちゃ聴いた(「太陽の下」はこのアルバムに入ってないけど)。
綴りを見て最初エーテルとは読めなかった。坂の途中にあった市役所には非核平和都市宣言の石碑が建てられてあって、言わな分からんことってあるからなと思う。
なんとなく近くの川を目指して東に歩いていたのだが、どうせなら水の流れるところを辿りながら目指そうと思い、街の疏水に沿って歩いた。そうするとJRの単線と私鉄の複線の踏切を連続で渡るところに行きあたって、その2つの踏切を越えたところは田畑が広がる地域となっていた。辺りを見渡すと、おじいちゃん3人ぐらいがぽつぽつぽつとそれぞれの田んぼや畑で作業をしていた。遮るものがないからか、この辺りでは街中に比べて少しだけ風が強く吹いていて、苗のまだ植えられていない田んぼに張られた水がその風に吹かれて波を立てていた。近くには送電鉄塔が建てられていて、そういえば鉄塔の足元って見たことがないなと思い近づいてみると、なんでもない空き地のような草の生えたところになっていた。
鉄塔と言えばジョジョ四部。あの宇宙人って、特に出自が詳細に語られることもなく宇宙人のままで話が進んでいったな。自分にとって四部はジョジョの中でもかなり好きな部で、重ちーと吉良吉影が遭遇するとことか、もうね…って感じになる。ジョジョは六部の途中でホワイトスネイクの能力がよく分からなくなって読むのをやめました。友達に教えてもらって「ディアボロの大冒険」というトルネコやシレンみたいな不思議なダンジョン形式のゲームで遊んだ記憶もある。
けっこう難しくてすぐにやめた気がする。
しばらく進んでいると街中に戻ってきて、そこから木陰の多い疏水沿いの小道に入った。木陰に入るとホッとする季節はもう目の前まで来ていることを実感しながら、マスクをずらしてレモンティーを飲んだ。疏水を覗くと水面の近くには草木が無秩序に繁茂していて、水の流れはほとんど確認できなかった。小道をまっすぐ進んでいると何度か車道と交差するタイミングがあって、その度に車道を渡った。途中でネコが自分の前を先導するように歩いていて、まだ気付かれてないと思いスマホを取り出して後ろ姿を撮影していると、しばらくして猫はこちらを振り返って自分が何か注目されていることに気づいたようだった。
— 千秋楽 (@ClusterB9) 2021年6月5日
走って逃げられるかなと思っていると、意外とそんなことはなかったものの、明らかに歩調は速められていて、自分との距離を取ろうとしているのが分かった。自分は特にペースを変えずに歩いていたのだが、猫は急いで歩いてはペースを落とし、少しして振り返ってまだわたしがいることに気づいてはペースを上げ、少しして再びペースを落としては振り返るといったことを数回繰り返し、一人と一匹の距離は遠くなったり近くなったりした。最終的に、川沿いに車が3台ほど止まっているあたりで、草木の中に隠れるようにして消えた素振りを猫は見せたのだが、停車している車を越えた影になっているところで自分を撒いたと思って油断して止まっている猫に再び遭遇し、こちらに気づいた猫は一度体をビクッとさせた後、じーっとこちらを見たまま動かず、こっちはこっちでそれをじーっと見ながら通り過ぎていった。
猫と別れてからの川を挟んだ右側の先は団地ゾーンになっていて、団地のベランダを見てみると鳥よけのネットのようなものを張っている家がいくつもあった。
疏水沿いの道の先に行き着いて、そのまま進むとどんどん駅から遠ざかり帰れなくなると思い、Uターンするために団地の角をぐるっと右に曲がった。しばらくして学校の校舎が遠くに見えてきて、スマホアプリの地図を見てみるとそこは小学校と表示されていた。その小学校に差し掛かったあたりで右に曲がり、別の疏水が見えてきたので再びそれに沿って歩いた。疏水沿いの道の少し先の方にはお母さんとペダルの付いていない自転車に跨った3歳くらいの男の子が歩いていて、ふたりのいるところから赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、よく見てみるとお母さんは赤ちゃんを乗せたベビーカーを押しながら歩いているのが分かった。自転車に跨ったお兄ちゃんは弟か妹かを乗せたベビーカーを押しているお母さんの両脇を右や左に行ったり来たりしながら進んでいた。お兄ちゃんがベビーカーの左側に来たときに、お母さんとお兄ちゃんの隙間に、お母さんの背中から小さな腕がニョキっと出てきたのが見えて、ベビーカーに乗った赤ちゃんがお兄ちゃんに手を伸ばしているようだった。お兄ちゃんはそれをじっと見つめたまま、自分も手を伸ばしてその手を取るといったことはしなかった。赤ちゃんがアーアッ!と声を出すと、お母さんもそれを真似て幼い声を演出しながらアーアッと返す。それを何度も繰り返しながら歩く。お兄ちゃんは自転車にペダルがついていないから、自分の足で地面を蹴って前に進んでいく。右足、左足、右足、左足と、交互に地面を蹴っていく。その、まだ短い足が地面についてから蹴って離れるまでの一連の動作の柔らかさよ。そんな3人よりも自分の進むスピードの方が速いから、次第に距離は縮まっていき最後には3人を追い抜いた。追い抜いたあとも疏水沿いの道はまだまだ続いていて、疏水は右手側に流れていて、反対の左手側には田んぼや畑が広がっていた。途中の田んぼではおじいちゃんとおばあちゃんが何やら作業をしていて、その田んぼの近くの疏水沿いには黒い軽自動車が止められており、車の後ろのドアは上に開けられていて、そのすぐ近くには靴が一足両足をそろえて置かれていた。それは見た感じ女性ものの靴で、おばあちゃんが田んぼに入る前に履き替えたものかもしれなかった。自分の後ろからは追い抜かしたあともずっと赤ちゃんのアーアッ!とお母さんのアーアッが聞こえていた。
疏水沿いの道が終わり、駅に戻ろうと右手に曲がって、広い道沿いを歩く。最近ちょくちょく、小学生低学年ぐらいの子どもが、左右にゆらゆら体重移動させながら進むスケートボードみたいなものに乗っているのを目にする。調べてみるとブレイブボードと呼ばれるもので、結構流行っているのかもしれない。
自分が小学生のころにはキックボードや足の裏にローラーが付いているスニーカー(ローラーシューズ)などが流行っていた。キックボードに関しては子どものころに流行っていたと書いたけれど、大学時代にもキャンパスで乗っている人を見かけることがちらほらあって、乗っていた人たちは、一般教養の授業を受ける棟とそれぞれの学部専門の棟は結構離れていたから、その行き来に便利で利用していたんだと思う。流石にローラーシューズの方はもう何年も見ていない(と思ったけど初期ぺこぱローラーシューズ履いてたな)。スーパーとかのツルツルの床が走りやすくて、子どもたちはそこでこぞってカッカ、カッカと音を鳴らしながら滑っていた。ワンフロアがだだっ広いショッピングモールなどは、ローラーシューズを履いた子どもたちにとっては天国みたいな場所で、なんならカルフールでは実際に店員がローラースケートを履いて走っていた。子どもたちがあまりにもローラーシューズで走るもんだから、次第にそのスニーカーで店内を走るのは禁止といったお店が増えてきて、気づけばローラーシューズは自然消滅してしまっていた。ついでに休日のお昼によく放送されていた、カルフールを舞台にした、値札を見ずに設定金額ピッタリで買い物ができたら商品がゲットできる番組も知らない間に見なくなり、カルフール自体もどこかへ行ってしまった。自分はキックボードもローラーシューズも持っていなかったけれど、どちらも友達に貸りてやったことはあって、ローラーシューズの方はゴミ捨て場のコンクリートの上を走ってみて、確かにめちゃくちゃ楽しかった記憶がある。これからも時代ごとにローラーの付いた何かしらの乗り物が出て来ては、子どもたちの間で流行るのだろうよ。
天気がいいだけでもなんだか気分は明るくなって、Electric Light Orchestraの「All Over the World」を聴きながら帰った。