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丁寧に描かれた細部に神が宿りまくり(panpanya「グヤバノ・ホリデー」)

panpanyaの新刊「グヤバノ・ホリデー」。

 

グヤバノ・ホリデー

グヤバノ・ホリデー

 

 

日本では手に入れることが難しい果物、グヤバノを探し求めフィリピンへと向かった旅行記を描いた表題作「グヤバノ・ホリデー」を含む短編集。これまでのpanpanyaの漫画の中で一番好きな作品かもしれない。そう思うほどに素晴らしかった。何より読んでいて楽しかった。

 

まず最初に表紙の色がいい。エメラルドグリーンが鮮やかだ。そしてカバーを外した本体の表紙もいい。街路を撮影した写真が用いられており、ブロックやマンホールにエンボス加工がなされている。こだわりを感じる。

 

この「グヤバノ・ホリデー」、これまでのpanpayaの漫画の中でも、特に丁寧に描かれているように感じる。まずは裏表紙の本書解説文。グヤバノとはどういった果物であるのかが詳細に書かれている。そして、実際の本書の中では、缶詰が密閉される仕組みやヨウムの生態、さつまいもが育ちやすい土壌の条件などの解説がなされている。さらには、風景を見つめる視線も細かい。電柱に貼られている案内や町にいる鳩の大きさ、地下鉄構内にある立ち入り禁止の扉。普通に生活していては、あまり意識しないであろうものたち。panpanyaがいかにこの世の細部にまで気を配り丁寧に観察しながら生きているのかがよく分かる。子どものころは、高速道路のトンネルの中の扉はどこにつながっているのだろう*1とか、ゴジラやウルトラマンに出てくる怪獣などによく潰されていたあの丸い薄緑の建物はなんだろう*2とか考えていたことを思い出す。色んなものに興味を抱いていた。今は、なんとなくの知識は増えたが、本当はそれがどんなものであるのかといった詳細までは、全く知ろうとはしていないことに気づかされる。反省しよう。

 

そういった細かい視点を出発点として、ユニークな発想へと展開されるのが非常に読んでいて面白い。「学習こたつ」といったエピソードでは、こたつによって血流が改善され脳に血液が巡る効果を期待して学校の机をこたつにしようという、それらしい理論になんだか納得してしまった。漫画の中では、カリフォルニアの大学がこたつによる学習効果の向上を研究で明らかにしたと謳われており、本当にそうなのか気になって検索してしまった。この作品では、様々な物事がなぜそうなっているのかが詳細に説明されており、謎の説得感が生まれている。この作品を読むと、自分がもっとよく観察すれば世の中には面白いことがたくさん存在しており、細部にこそ未知なる大きな世界が広がっているということに気づかされる。

 

このような細かい視点とpanpanyaの描くデフォルメの効いたキャラのギャップが、これまた面白い。「缶詰の作り方」というエピソードでは、魚はデフォルメされているのに、缶詰の中身となる切り出された部分は妙に丁寧に描かれている。

 

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panpanya 「グヤバノ・ホリデー」(白泉社) p32より

そして毎度のことながら、町の風景はよく観察されて描かれている。

 

この本の短編の中ではやはり、表題作の「グヤバノ・ホリデー」が面白い。これまでのpanpanyaの描いてきたものは、リアリティこそあるがあくまで空想の話であった。しかし、この「グヤバノ・ホリデー」は冒頭にも記載した通り、グヤバノという未知の果物を探し求めるフィリピン旅行について描いた、いわばエッセイ漫画的な作品だ。

 

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グヤバノ

フィリピンの町並みを観察して、日本の町並みとの違いを考察しているのが興味深い。ジンベエザメを見に行ったというこぼれ話では、肝心のジンベエザメを見たということよりも、昔日本で売られていた蚊取り線香を見つけたことの方に食いついている。普通の人なら、ジンベイザメを見たことにフォーカスを合わせるが、蚊取り線香にフォーカスを合わせている部分にpanpanyaの価値観が窺える。巻末にある解題にも

 

見知らぬ土地へ旅行に行くと、非日常的絶景や特別な景色よりは、見知った土地と似ている点、あるいは似て非なる点を見るのが楽しいと感じることが多い。 p187 

 

と書かれている。さらには、panpanyaには眠りにつく前に近所の景色を歩く空想をする習慣があるらしく、彼(彼女?)の町や日常に対する愛情を知ることができた。

 

この本を読んで、いかに自分が毎日を適当に生きているのかを思い知らされた。変わらない日常が退屈なのではなく、日常に隠れた面白いことを自分が見つけられていないだけだったのだ。これからは、もっと丁寧に生活していかなければと悔い改めました。いや、ほんまに面白かった。

 

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*1:あれは非常口であり、東京の青梅トンネルのものは地上の公園につながっているらしい。

*2:まあ気づいていたけど、あれはガスタンク。けれども形が筒状なのではなく球状なのは、ガスの圧力が均等に分散されるためということは知らなかった。怪獣がガスタンク壊してたけど、怪獣自身、爆発して大ダメージ負うんじゃないかってずっと思ってた。ガスタンクの爆発ではノーダメやけど、スペシウム光線では倒されるって、スペシウム光線どんだけ強いねん。空想科学読本でも読めば強さが分かるんでしょうか。