熊倉献のウェブ漫画、「生花甘いかしょっぱいか」が終わってしまった。悲しい。
終わり方がなんともあっさりしていて、少し物足りない感じがしたが、それでも全体を通して面白かった。主人公の相田君の変なポイントでときめいてしまうところが好きでした。女子のちょっとした行動を拡大解釈して、深読みして、どんどん自分の中で妄想が膨らんでいく感じ。『え、もしかしておれのこと好き?』みたいな。女子とちょっとしゃべっただけでいちいちときめいていた中学生のころを思い出して、なんだか甘酸っぱい気持ちになりました。最終話のコメントには「体力の限界...ッ」と書かれており、描くのに疲れてしまったんだなということが分かる。お疲れさまでした。でも、できればすぐになにかしらの媒体で帰ってきてください。終わってすぐに言うのもなんだけど。それぐらいファンです。
熊倉さんの描く漫画のキャラには、絶妙に男心をくすぐられる気がする。分かってるなあって思います、偉そうにも。そして、熊倉さん初の単行本である「春と盆暗」を読んでいる時点では、熊倉さんのことをてっきり男性だと思っていた。しかし、ある日ネットサーフィンをしていて、熊倉さんが対談している記事を見つけたのだが、なんと予想外にも女性であった。
対談相手であるシュリスペイロフというバンドのボーカルの宮本さんも「てっきり男性だと思っていた」と言っている。やっぱりそう思うよね。だってホントにキャラが絶妙やもん。前にも書いたけれど、「春と盆暗」の、嬉しいことがあると手が出てしまう女の子のキャラとかめっちゃいいもん。『うわあ、いいなあ』ってなります。そういう女子のちょっとした心惹かれる仕草を描くのが上手い。あざとくない自然な女子の感じ。そして、この対談で熊倉さんは漫画の描き方に関して
ストーリーを組み立てるというよりも、「こういうシーンを描きたいな」というイメージが頭のなかにいっぱいあって、それを組み合わせながらひとつのお話にする、という描き方をしているからかもしれないですね。自分でもどういうあらすじになるのか、最後までよくわからないんです。
と言っている。そうだとすればやっぱりストーリーものよりは、一話完結型の話のほうが書きやすいのかな。ぶっちゃけ「生花甘いかしょっぱいか」の終わり方は、もう話が思いつかないから終わり!って感じやったもんなあ。
小説家の長嶋有は、男性であるのになぜこんなにも女性の気持ちが分かるのかと言われている。
熊倉さんはその逆で、女性なのになんでこんなにも男心が分かっているのかと思ってしまう。なんかあだち充の漫画を読んでいるときと近い感情を抱くときもある。「春と盆暗」なんて何回読み返してんねんっていうぐらい読み返している。
「春と盆暗」に収録されている話は全て、明日からの人生、ちょっと楽しくなるんじゃないかという予感を残しながら終わっていくのがいい。いいことがあった日の夜、布団に入りながら一日を振り返って、「今日はいい日だったなあ。明日も楽しみだなあ」と少しだけワクワクする感じに似ている。要は最高ってことです。表紙もいい。黄色がいい。もうべた褒め。
そして、熊倉さんと同様に、シンガーソングライターのカネコアヤノも男心が分かってるなあと思う。いや、この言い方には語弊があるかもしれない。男心が分かっているというよりは、自分と物事に対する考え方が近いというか、歌詞の内容が自然に受け入れられる気がする。曲もそんなにキャピキャピしてないし、恋の歌を歌っているけれど、それが大げさではなくどこか素朴でミニマルな世界観であるのがいい。カネコアヤノの「恋する惑星」は本当にいいアルバム。
「マジックペンと君の名前」がすごい好き。
でもこのアルバムの曲は全部好き。最近の曲も、もちろんいい。先ほども書いたけれど、熊倉さんもカネコアヤノも、女性なのに男心が分かっているとかではなく、ただ単に人としての気質が近いだけなのかもしれませんね。男でも別に二人に共感できない人はいると思うし。人生においてなにを大切に思っているのか、それが一緒かどうかが肝心なのかもしれません。単純に気が合うかどうかってことやね。
色々書いたけれど、熊倉さんの描いた漫画をまたどこかで読めることを楽しみにしております。
一年も経たずに終わっちゃったんだね・・・。