牛車で往く

日記や漫画・音楽などについて書いていきます 電車に乗ってるときなどの暇つぶしにでも読んでください

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「ものするひと」を読み返して思ったこと

落ち着いた夜を過ごしたくなって、ものするひとを読み返した。

 

ものするひと 1 (ビームコミックス)

ものするひと 1 (ビームコミックス)

  • 作者:オカヤ イヅミ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/12
  • メディア: コミック
 

 

1回目に読んだときには、この漫画の主人公が風景や人に向ける眼差しが気になったが、2回目は登場人物の気持ちに共感するように読んだ。

 

小説家である主人公は、警備のバイトをしている際に、向かいの建物の窓に謎の言葉「けちようじ」が映っているのを目にする。主人公はそんな

 

昨日の夜中誰もいない廊下から見た言葉

 

をみんなと共有したくなる。毎日を過ごしていると時折り訪れる、やたらと心が落ち着いて澄んだような空気に満たされている夜。そんな夜に、何かハッとするような感覚に出会う瞬間がある。それは家で本を読んでいるときであったり、音楽を聴きながら外を散歩しているときであったり、この漫画では向かいのビルに浮かんだ謎の言葉「けちようじ」を目にしたときであったり。それは言葉で表すことが難しくて、別に何も問いはないのだがいきなり答えが分かったかのような、何かに気づけたかのような、そんな感覚。だけど、その感覚はひとりきりのときにしか訪れないものでもあり、それをその場で誰かと分かち合うことは難しい。でも、その瞬間に感じられた神聖な空気感を誰かと共有したい思いが湧く。だから主人公は「けちようじ」という謎の言葉をみんなに投げかけた。そして主人公は

 

郊外の夜に光る謎の言葉みたいな文章が書きたい

 

と考える。「けちようじ」という言葉を目にした瞬間に浮かんできた感情。その感情を言葉で表すことは難しいが、どうにかしてあの感情を他人と共有したい。「けちようじ」という言葉だけでは伝わらないが、文章としてならばあの瞬間の感情に近いものを伝えられるかもしれない。う~ん、なんかかなり感覚的なことを曖昧に書いてしまっている。例えばスポーツをしていてめちゃくちゃ調子がいいとき。そのときの感覚って"調子がいい"っていう単純な言葉での表現しか思いつかないけれど、その"調子がいい"以上のもっと複雑な感覚が運動している間は確かにあって。そんな調子がいいときの「最高だ!」っていう高揚感まで含めた感覚を、読んでいる間だけ味わえるような、そんな文章。余計に分かりにくくなったかもしれないけれど、そんな文章を書きたい気持ちはすごく分かるし、そんな文章との出会いをわたしは探している。それは文章、小説だけでなく、音楽であったり、映画であったり、「ものするひと」のような漫画であったり、様々な芸術作品に触れている間だけ感じられる感覚。

 

あとはね、主人公が恋愛し出してから急に小説が書けなくなり、それをヨーグルトの蓋が剥がしにくいことで表現したところもいい。

 

ものするひと 3 (ビームコミックス)

ものするひと 3 (ビームコミックス)

  • 作者:オカヤ イヅミ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/06/12
  • メディア: Kindle版
 

 

所詮わたしなんてこのブログしか書かないけれど、それでも分かるこの感じ。何かに満たされていたら、文章を書く気が起きなくなる。そして、一度書かなくなってしまうと、何かのキッカケを待たなければ、再び書く気が全く起きなくなる。その何かのキッカケは、その瞬間にははっきりしたものではなくて、けれども振り返ってみればあれがキッカケだったんだなと分かるようなもの。人生は振り返ってから自分で意味を付け足していく部分が多い気がする。言葉にすれば分かりにくいけれど、そんな人生の瞬間を描いてくれているから、ものするひとはいい漫画だ。あとは書き始めるまでの時間ね。頭の中にぼんやりと考えていること、書きたいことはあるのだけれど、なんとなくスマホをいじってYouTubeを見たり、そばにある漫画を手に取ったりしてしまい、中々書き出せない時間。準備はできているけれど、もう一押し必要な感じ。実際、この文章を書くときにもそんな時間がありました。一巻の終わりに収録されている作者のオカヤイヅミと作家の滝口悠生の対談において、滝口さんは専業作家になっても、兼業のころと比較して1日で書ける小説の量は変わらないと言っている。これは保坂和志も同じことを言っていた気がする。小説は書こうと思って書けるものではなく、ただただ小説が書けるようになるまで待つことが必要なのかもしれない。もう一度言うけれど、わたしの書いているものはたかがブログだけどもね。

 

主人公が、ヨーグルトの蓋が開けにくいのは何かの感じに似ていると考えているときに、恋人に話しかけられて、掴みかけていた思考がどこかへ飛んでいってしまうところも共感できる。考えごとをしていて、頭の中でその考えごとを言葉として脳内に留めようとしているときに外部要因に刺激されると、考えていたことはあっという間にどこかへ吹き飛ばされてしまう。なんて繊細なものなんだろう。ああ、何か思いつきかけてたというか、分かりかけてたのに。その掴みかけてたものの気配だけが残っていて、でもそれが何かだったかは全く思い出せそうになくて、ただただモヤモヤする。この感じは特にひとり暮らしを始めてから、実家に帰ったときに味わうようになった。ひとり暮らしでひとりきりで考えごとをすることに慣れてしまうと、他人がいる空間では集中できなくなった。それでも、あのモヤモヤした頭の中のものをうまく言葉で表現できたときの悟った感じはたまらない。視界がスッキリしたような感覚。

 

生きていると簡単には言葉にできない感覚を抱く瞬間は絶えずやってくる。それをいちいちちゃんと捕まえて、自分の中で咀嚼して、言葉として再現しようとする。それができるから小説家はすごい。そして、そのおこぼれをもらってわたしは楽しませてもらっている。

12月の漫画は田島・平方・葦原・田島

12月は好きな漫画がたくさん出て最高でした。

 

まずは田島列島の「水は海に向かって流れる」の2巻。

 

水は海に向かって流れる(2) (KCデラックス)

水は海に向かって流れる(2) (KCデラックス)

  • 作者:田島 列島
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/12/09
  • メディア: コミック
 

 

素晴らしい。マジで素晴らスウィート。読んでいる間はずっと、胸がグッとくる高揚感を感じ続けていた。ストーリーの面白さに会話の面白さ。読み終わったあと、なぜか自分も面白い会話ができるような気になってしまう。これは錯覚なのか。そして、高校時代のしょうもない会話(いい意味で!)を思い出しては懐かしく思い、少し甘酸っぱい気持ちになる。「第一王子 ナオタツ」っていうセリフとこのときのお母さんの表情が好きです。一生懸命生きているキャラたちが、色々我慢しきれなくなって後先を考えずに勢いで行動をとってしまう。その瞬間のキラキラ感というか、生きている感たるや。なんだか眩しすぎて感動するわ、ちょっとにやけてしまうわ、ワクワクするわで本当に最高です。ていうか今回は泉谷さん(妹)回ですな。誘い方がオッサンに、「・・・今日暑いね・・・」に、修羅に、「占っちくりー!!」に、グレるのやめるやめないの件に、可愛いシーンが多すぎる。さらにはまさかのあのキャラも出てくるしで。いや本当に最高。年末、地元に帰った際に会う約束をしている友人たちに布教したい。読んでいる人と語り合いたい。第3巻は2020年の9月に発売予定ということで、待てねえってぐらい楽しみです。待てねえ。

 

 

 

次は平方イコルスンの「スペシャル」第3巻。

 

スペシャル 3 (torch comics)

スペシャル 3 (torch comics)

  • 作者:平方イコルスン
  • 出版社/メーカー: リイド社
  • 発売日: 2019/12/11
  • メディア: コミック
 

 

平方イコルスンも会話が面白い漫画家。スペシャルは2巻までは割とほのぼのとしたスクールライフコメディといった感じであったが、3巻を読んでみると思わぬ展開と言うか、結構シリアスな方向へ。全く先が読めまへん。そしてスペシャルは全4巻で完結予定とのこと。

 

 

スペシャルはトーチwebサイトにおいてエピソードがいくつか無料で更新されており、続きを読むことができる。けれどもそこはあえて我慢する。めちゃくちゃ続きが気になるけれど、小出しで読むとなんだかもったいない気がするため、単行本が発売されるまで我慢する。耐えるんや、おれ・・・。そして、三上、城下、谷が3人でゲームするシーンが和む。シリアスなパートの合間に挟んでくるから余計に和む。特に三上と城下の、シリアスな展開に一切関与していなくて、本人たちもそんなことを全く知らないのがのんきに見えていい。いや、意外と4巻で絡んでくるのか?気になる・・・。でも我慢、我慢・・・。それにしても田島列島の漫画といい、平方イコルスンの漫画といい、他人を思いやってひたむきに生きるいい子が多すぎる。お互いがお互いを思いあうがために生じているちょっとしたズレがどんどんストーリーを面白くしていく。大石は伊賀のことを思うがためにヘルメットの下に隠れている秘密をさよちゃんには明かさないし、さよちゃんはさよちゃんで伊賀のことを思うがためにその秘密を知りたいと思う。そんなさよちゃんは伊賀のことを思うがあまりに視野が狭くなり、伊賀がさよちゃんのことを考えてくれていることになかなか気づけないでいる。なんやこんなええ子ら。自分の人生の暇つぶしために他人をおもちゃになんて全くしない。わたしの身の回りには全然いないぞ。どうなってんねん。自分がそうじゃないから集まってこないのか・・・。

 

 

お次は葦原大介の「ワールドトリガー」第21巻。

 

ワールドトリガー 21 (ジャンプコミックス)

ワールドトリガー 21 (ジャンプコミックス)

  • 作者:葦原 大介
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: コミック
 

 

ワールドトリガーも休載期間を経て、コンスタントに単行本が発行されるようになって誠に嬉しいです。データブックなどで素性は明らかになっていなかったが、その存在だけは知らされていた弓場隊の面々がついに登場。ゆばちゃん、まさかのヤンキー2丁拳銃かよ。そしてBランク戦最終戦。千佳ちゃん頑張れ。君もひたむきでいい子だ。

 

 

最後はまたまた田島列島。こちらは短編集の「ごあいさつ」。

 

田島列島短編集 ごあいさつ (モーニング KC)

田島列島短編集 ごあいさつ (モーニング KC)

  • 作者:田島 列島
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/12/09
  • メディア: コミック
 

 

個人的に一番最初の「ごあいさつ」が白眉でした。細かいコマ割りに主人公の心理描写。なんつーかこう、全員もっとわがままに生きろよ!めっちゃ相手のことを思いやるやん!って感じです。さっきも書いたけれどいい人が多すぎる。デリカシーが有り余る。こんな優しい人たちばっかりの漫画にはずっと浸っていたくなる。田島列島の「水は海に向かって流れる」に「ごあいさつ」なんて、もはや何回も読み返している。流れで「子供はわかってあげない」も読み返す。しんどい。良すぎてしんどい。っていう話を誰かとしたいから、ホンマに友達に押し付けようと思います。以上です。

"今日の天使"っているよねっていう漫画(和山やま「夢中さ、きみに。」)

最近、カネコアヤノのこの動画を見まくっている。

 


DAX × lute:カネコアヤノ「天使とスーパーカー」

 

「天使とスーパーカー」、めちゃくちゃ好きだ。そして何より、この動画の開始から0:35あたりまでのカネコアヤノの表情が最高だ。なんか笑ける。別に馬鹿にしてるわけじゃなくて、見ていると楽しい気持ちになってくる。この口を一文字に結びながらも半にやけ顔でギターを弾いている姿がいい。

 

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「目線は同じだから」のところのジェスチャーもいい。

 

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「ベイベー あっしたの~」の「あっ」のときのクンッってなるとこもいい。

 

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「ドラマチックな人生かっこいい」のとこで笑顔になるのもいい。

 

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ただただいい。もう一度言うけど、なんか笑える。楽しい気持ちになる。なんて楽しそうに演奏するんだろう。そして、カネコアヤノだけが楽しそうなわけではなく、他のメンバーも含めて、4人全員が楽しそうなのだ。さらには、見ているとただ楽しそうというだけではなく、なんかカッコいいなという感情まで湧いてくる。4人全員のたたずまいがカッコいい。なんだこの無敵感は。とにかく最高だ。

 

そして、和山やまの「夢中さ、きみに。」も最高の漫画。

 

夢中さ、きみに。 (ビームコミックス)

夢中さ、きみに。 (ビームコミックス)

 

 

この漫画は、Twitterでオススメされているのを見て知った。試し読みをしたところ、一発でハマってしまった(下のリンクで試し読みできます。)。『何この漫画、最高やん。』ってなった。

 

comic-walker.com

 

すぐに欲しくなり調べてみたところ、なんと私が知ったころには初版はもうすでにほとんど残っておらず、全然手に入れることができなくなっていた。Twitterで検索してみると、欲しいけど、どこの本屋にも置いていないと嘆いている人たちの多いことよ。そして、9月に入ってようやく手に入れることができた。

 

この漫画は基本的に高校生の群像劇を描いているのだが、前半の4話には共通して林くんという男の子が出てくるエピソード、後半の4話は二階堂くんと目高くんという2人がメインとなるエピソードで構成されている。そして、この漫画の素晴らしいところは、クラスメイト同士、先輩と後輩、はたまた別の学校の生徒同士といった様々な関係性における(林くんはその時々により様々な役割を演じる。)、"友情の芽生え"の瞬間の素晴らしさを味わえるところだと思うのだ。そして、先に挙げたカネコアヤノの「天使とスーパーカー」の歌詞にもなっている"今日の天使"という言葉を借りると、誰かにとっての"今日の天使"はこの人だという瞬間が描かれている。

 

mikiki.tokyo.jp

 

上に引用したインタビューにおいて語られている、カネコアヤノの友達が「今日の天使っているよね」と言ったというエピソードにも、「夢中さ、きみに。」を読むとひどく共感できるようになる。もうこのね、「おれこいつのこと、ちょっと好きかも。」っていう感じがね、たまらなく良いわけですよ。心があったかくなるわけですよ。林くんは色んな人の"今日の天使"となっているし、二階堂くんと目高くんは、お互いがお互いの"今日の天使"として成立し合っている。ああ、いい漫画。

 

そして、こういった"友情の芽生え"といった瞬間の描写だけでなく、些細な日常会話のセリフも面白い。というか、このセリフの面白さが、キャラの魅力を立ち上がらせている面もある。江間くんのおれは小便中に話しかけられるのは嫌いってとことか、林くんが松尾さんに対して「松尾さんはおいも3兄弟の何番目ですか?」という質問、さらにはそれに対する松尾さんの「私ひとりでおいも3兄弟です」という回答。ああ、いい。魅力が凄い。高校のころに戻りたい。この漫画を読んでから高校時代に戻れたのなら、今度はもうちょっと面白い学生生活を送れるような気がする。いや、無理か。面白い会話の漫画を読んだだけで、自分にその技術が身に着くとはとうてい思えない。でもなぜかそう思ってしまう。スラムダンクを読んだ後に、なんかバスケができるような気になるのと同じ現象が起きてしまっている。まあなんにせよ、和山やまさんの「夢中さ、きみに。」は素晴らしいマンガでした。もはや何回も読み直しています。

 

海外のキテレツ大百科ファンはコロ助の語尾が「ナリ」ってことを知っているのだろうか?

8月の最終週は比較的涼しい日が多く、このまま秋になるような気がしていた。しかし、天気予報では、9月に入ると再び暑さが戻ってくるとされており、私の住んでいる地域では今日の最高気温は33ºCに及ぶとの予報。すごく暑い・・・。それでも、朝に家を出て自転車で会社へ向かう道中、8月の朝よりも涼しい気がした。最高気温の値自体は、暑いと感じていた8月とそれほど変わらないはずなのに。なぜなんだろう?そして、そばを通るときにセミの鳴く声がものすごく聞こえる木があるのだが、今日はその近くを通り過ぎてもセミの鳴き声はほとんど聞こえなかった。暑さのピークが過ぎたように思うのは気のせいなんだろうか。

 

セミで思い出す今年の夏のある朝の出来事がある。自転車での通勤途中で信号につかまっているときに、セミが飛んできて私にぶつかった。「うわっ」とびっくりして目をつぶってしまったのだが、目を開けてあたりを確認したところ、セミの姿は見当たらなかった。『どこにいったんだろう。どっかに飛んで行ったんかな?』と思い、一度納得しかけたのだが、どうも突然姿を消したのは怪しいなと、自分の身体にセミがとまっていないかを確認した。それでもセミの姿は見当たらない。気のせいかと思い、最後になんとなく自分の股間を確認したところ、自分のキ〇タマとサドルの隙間にセミが止まっていた。その瞬間、なぜか2016年のM-1、さらば青春の光の漫才における名フレーズ「能やん」が頭によぎった。能なん?その一瞬のあと、すぐに気持ち悪くなってセミを払い除けたけれど。

 

さらば青春の光の「能やん」はめちゃくちゃ面白くて好きだ。これが思いついたときは興奮したであろうよ。結局、能がなにか、浄瑠璃がなにかは全く分からないまま終わってしまうけれど。あの東ブクロが「能やん」って言うやいなや森田が「能なん?」って返すのが面白い。あのスピード感。「能やn「能なん?」って感じ。そこまで早くなかった気もするけど。as soon as 能やん。そう思えば英語の「as soon as」のちゃんとした使い方って忘れたな。ていうか、仮にさらば青春の光のこの漫才を英語でする場合、「能やん」と「能なん?」の「やん」と「なん?」の部分の語感の面白さは伝わるんだろうか?そう考えると英語圏の人って語尾の面白さが分かるんだろうか?英語版のキテレツ大百科を見ている外国人は、コロ助の語尾が「ナリ」であることを知っているんだろうか?調べてみると、やっぱり自分と同じようなことを思っている人は結構いるようで、いくつかブログがヒットした。

 

norm-nois.com

 

ラムちゃんの「だっちゃ」なんかもっと英語にしにくい気がする。

 

blog.livedoor.jp

 

このブログを見る限り、やっぱり英語でキャラの語尾を再現するのは難しそうだ。そう思うと、英語圏の人が日本語を勉強して語尾という概念を知ったときは、結構な衝撃をうけるものなんだろうか。それとも「なんじゃこれ。変やな。」と思うだけなのだろうか。う~ん、外国人の友達がほしくなってきた。

 

ここから話はキテレツ大百科に逸れる。私はアニメ版のキテレツ大百科が好きで、あとから漫画版も読んだのだが、日本人の私でも衝撃を受けたことがひとつある。漫画版のコロ助は目が斜視になっているのだ。知っている人には今さらかもしれないけれど。

 

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藤子・F・不二雄 「キテレツ大百科1(藤子・F・不二雄大全集)」(小学館) p232より

 

キテレツ大百科 1 (藤子・F・不二雄大全集)

キテレツ大百科 1 (藤子・F・不二雄大全集)

 

 

「漫画のコロ助ってこんな感じなんかよ・・・。なんか雰囲気ちゃうやん・・・。」と衝撃を受けたことを覚えている。よりカラクリ感を出すための演出なのだろうか。しかも、ちょいちょい普通の目に戻ることもあり、藤子・F・不二雄先生の気まぐれ感が強い。まあでも、どっちの目であってもコロ助は可愛いことに変わりはないのだが。そして、眠たいときは今でもたまにアニメのオープニング曲の「すいみん不足」を思い出す。

 

ああ 空はこんなに青いのに

風はこんなにあたたかいのに

太陽はとってもあかるいのに

どうしてこんなにねむいの 

 

ホンマそれ。ずっと眠いよ。平日は会社から帰ってきてすぐに寝てしまうと明日が来てしまうから、結構夜更かしをして粘る。その結果、日中眠たくなる。悪循環。その反対に、時間に余裕のある休日の昼間は、この時間に好きなことをすればいいのに気づけば目を瞑って眠ってしまう。そして、目が覚めて『ああ、なんか時間を無駄にしてしまった。』と後悔する。でもね、PUNPEEのこの曲を聴いてたら『まあいっか。』と都合よく自分に甘くなってしまうのだ。

 

 

だってまあ、夢の中はそれはそれで気持ちいい世界だからね。

 

そういえばモノポリーってしたことがない(Alfred Beach Sandal「モノポリー」)

朝の通勤途中、公園に小学生たちが集まっている様子をよく目にする。なんといっても彼らは絶賛夏休み中だからね。朝からみんなで集まって遊ぶのって楽しかったよな。お昼に一回解散して、ご飯食べてからもう一回集まるとかあったな。あのころはお昼ご飯を外で食べるお金なんてなかったから、いちいち一回帰ってたよな。今思うとよくもまあそんなにめんどくさいことをしていたなと思う。今なら一回家に帰ってしまったら、「ああ~」って声を出しながら寝ころんでしまい、もう外に出る気は失せてしまうだろう。朝でも十分暑いもん。そんな公園に集まる小学生たちの様子を見ていたら、GRAPEVINEの「真昼の子供たち」を思い出した。

 


真昼の子供たち

 

 

でかい当たりを掴んでしまった

世界を変えてしまうかもしれない

毎日があっという間に終わった

油断すると大人になっちまう

 

油断してた~。大人になっちまった~。それにしてもいい曲。まあ私が目にしているのは朝の小学生たちやけど。彼らもでかい当たりを掴んだ気になって、世界を変えてしまうかもしれないとワクワクするような夏を送っているんだろうか。い~や、送ってないね。そんなん考えずに遊んでいるね。でも楽しそうでなにより。

 

半袖半ズボンで遊んだあの少年時代の日々。大人になり、数年前にメンズファッションで半ズボン(ハーフパンツがシャレオツな言い方でしょうか)が流行したときに、自分も服屋で試着してみたけれど、試着室の鏡に映った自分の姿が気持ち悪くて結局買わなかった。なんで気持ち悪かったんだろう?履いている人を見て気持ち悪いなんて思うことはないけれど、自分が履いている姿を見るとそれはそれは気持ち悪かった。弱そうだった。めちゃくちゃ防御力が低そうだった。自分のことが嫌いだから?いやいや、自分のことが可愛すぎるから、理想と現実のギャップを受け入れられないだけなんだろう。なんて大げさなことを考えたけれど、とりあえず似合ってなかっただけだと思う。ホンマに純粋に筋肉量が足りずに弱そうに見えただけだと思う。私もムキムキになりたいけれど、そのための努力をする気はない。つまり一生、ハーフパンツを履くことはないだろう。フェアウェル、ハーフパンツ。

 

私にも与えられた小学生たちと比べたら雀の涙ほどの夏休み。というか盆休み。何日か友達と飲みに行ったけれど、あとはほとんど家でゴロゴロしていた。夏休みなのにゴロゴロしてばっか。

 


Alfred Beach Sandal "モノポリー"

 

 

そう思うとモノポリーってしたことがない。人生ゲームと似たようなものなんだろうか。調べてみた。

 

yanodaichi.com

 

不動産の取引や土地の売買をしながら資産を増やしていくすごろくゲームのようだ。人生ゲームと比較して、実際にプレイヤー同士で交渉して取引を上手く行わなければ勝てないらしい。あんまり自分の周りを見てみてもモノポリーをしている人はいないし、「モノポリーしようぜ」といった展開になったこともない。桃鉄ばっか。おんなじジャンルにくくっていいのか分からないが。ただ、日本においてやはりモノポリーはそれほど人気があるわけではなく、それには以下のような理由が考えられるそうだ。なんでもモノポリーは、資産を形成するためにお金の使い方を考えながら進めなければならないゲームであり、世界と比較して日本ではそのような考え方を必要とする「投資」を日常的に行っている人が少ないため、それほど流行していないということらしい。なるへそ。実際、日本におけるモノポリー人口はそれほど多くはないようで、日本モノポリー協会のHPは、単独のHPとして運営されているのではなく、糸井重里が主宰を務める「ほぼ日刊イトイ新聞」のHPを間借りして運営されている。

 

www.1101.com

 

最近は友人がボードゲームにはまっており、実際に一緒にやってみると面白いものが結構多い。この機会にモノポリーを提案してみてやってみようかな。なんせ外に出ると暑いし、家の中はクーラーが効いてるし。子どもは子ども、大人は大人の遊び方がそれぞれにあるよね。これが大人の遊び方なのかは何とも言えないが。

 

そうそう、そして、Alfred Beach Sandalといえば「Typhoon Sketch」。

 

 

ちょうど台風10号が近づいてきている。台風が迫ってきているときに感じる、謎の高揚感を歌ったこの曲。確かに小学生のころは、台風による非日常が自分を妙なテンションにさせていた。それは警報によって学校が休みになるかもしれないってことも影響していた。台風といえばそれ町を思い出す。最終巻の「嵐と共に去りぬ」もいいけど、5巻の「大嵐の夜に」のほうがより身近な内容となっていて好きだ。

 

それでも町は廻っている(5) (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている(5) (ヤングキングコミックス)

 

 

それでも最近の現実世界の台風は、割とシャレにならない規模の爪痕を残して去っていく。去年はおそらく隣の部屋の人のサンダルが私の部屋のベランダまで飛んできていた。明日、明後日、台風が何事もなく過ぎ去ってくれることを祈るばかり・・・。

 

キャラの言動、会話がめちゃくちゃいいガールミーツボーイ漫画(田島列島「子供はわかってあげない」)

3日ぐらい前から蝉の鳴き声が聞こえ始めた。そして昨日ぐらいから本格的に暑くなってきた。やっと夏本番が始まったのだろうか。思えば、今年の5月あたりはまだ春なのに夏かよって思うぐらい暑い日が続いた。『5月でこれとか夏が怖いな。』と思っていたけれど、いざ夏が始まってみるとあんまり暑くない。『今年は涼しいなあ』などと思っていたが、正直去年の夏の今ごろがどれだけ暑かったのかは覚えていない。毎年毎年そんなことを思いながら、気づけば蝉の鳴き声が聞こえてくるのが夏なのでしょう。蝉と言えば、蝉の寿命は一週間以上あるということを研究で明らかにした高校生の話題を思い出す。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

そもそも本当に蝉の寿命は一週間なのか?と疑問を抱いたところが凄い。そんなん疑ったこともなかったよ、自分は。そして、それが気になって実際に自分で確かめてみようとした行動力も凄い。彼の世界は伸び伸びとしていて広く思える。私も彼と同じ世界に生きているはずなんだけど。

 

気温が高くなってから、通勤中に通る川の土手が蒸し暑くなってきた。土手に生い茂っている草から水分が蒸散されているからなのだろうか。夏には本当に草花の生命力というものを見せつけられる。自転車に座っている自分の目線と同じぐらいの高さまで草が生い茂っている。おそらく業者の方が伸びすぎた草を刈ったであろう次の日、もはや次の緑が地面から顔を出している。自分の毛根も年をとってもこれぐらい生命力に溢れていてほしいなんて思ってしまった。そして、生い茂った草の隙間から相変わらずスズメが突然飛び出してきて自転車で轢きそうになる。危ないなあなんて思うけれど、そんなスズメの姿が可愛らしくも思える。そしてふと、自動車の免許を取るために教習所に通っていた時の出来事を思い出した。教習所内を車で走っていると目の前に突然ハトが降りたって来て急ブレーキを踏んだときに、助手席に座っていた教官に「急ブレーキをかけて追突されて事故になるぐらいなら、ハトをひき殺したほうがいい。」と言われた。そのときの衝撃ったら。『えっ、それは冗談とかじゃなくて本気で言ってんのかな?』と思ったが、教官の顔を見ればどうやら本気のようだった。確かに急ブレーキをかけて追突されて大事故になるのは危ないけれど、ハトをそのまま轢けるほど私の神経は図太くはない。ただただそんな場面が実際の路上では起きないことを祈ることしかできない。

 

暑くなってきたから、家にいるときはクーラーをつけるようになった。クーラーの効いた部屋で寝転びながら読む漫画は最高。田島列島の「子供はわかってあげない」、何回読んでも本当に面白いし飽きない。

 

子供はわかってあげない(上) (モーニング KC)

子供はわかってあげない(上) (モーニング KC)

 

 

子供はわかってあげない(下) (モーニング KC)

子供はわかってあげない(下) (モーニング KC)

 

 

なにより漫画に出てくるキャラの言動や小ネタが最高。絶妙なしょうもなさ。これは褒め言葉です。読んでいて楽しくなるしょうもなさ。大会前に部活に行くのを忘れていた主人公の朔田さんが、たるんでいることからトリンドル玲奈をもじって「タルンドル朔田」ってあだ名になっちゃうと騒ぐのが面白くて可愛い。もう一人の主人公である男の子、門司くんが「へえ」とセリフを言った吹き出しの外に、手書きで地味に書かれている「1へえ」もいい。実際自分が小学生の時にこんなことを言ってたなあと思い出した。友達がしょうもないことを言ったときに、そのしょうもなさ具合を表現するために「3へえやわ」とか言ってたな。そうするとその友達は「っしゃああ!はい、300円もらったああ!」とはしゃぎだしてイラッとしたことも覚えている。懐かしい・・・。朔田さんが所属する水泳部の名もなき女子のモブキャラに個人的な第二次沖縄ブームが訪れていて、やたらとサーターアンダギーを食べたがっているのもいい。それぞれのキャラに口癖みたいなものがあって、それがキャラを特徴づけている。こういうちっちゃいところに作者のこだわりみたいなものが書かれている作品は面白い。クドカンの作品とかもそんな感じがある。セリフ運びもいいしね。なんていうか、ストーリーを分かりやすくするための無駄のないセリフ運びというよりは、作者が面白いと思う会話を優先して書いているのがいい。ホンマに友達と楽しい会話をしているときを思い出すくらい。人間味に溢れていて、そこに個性が宿っている。キャラが生き生きとしている。そして、もちろんストーリーも素晴らしい。色んな問題が解決して門司くんに会う口実がなくなった朔田さんが

 

もじくんと話したいな

なんで今夏休みなんだろう 

 

と思うところは可愛すぎるし、クライマックスの学校の屋上でのシーンの門司くんと朔田さんのやりとりなんて、胸がキュンキュンする。ああ、なんていい漫画なんだろう。これからも何回も読み返すことであろうよ。そして、夏の外の暑さに参ってしまい、クーラーの効いた部屋についつい引きこもってしまうけれど、この漫画を読むと外に出て誰か友達と会いたくなる。ああ、何回も言うけれど、とにかくいい漫画です。

 

感動するというよりは気づくという感じ(オカヤイヅミ「ものするひと」)

オカヤイヅミの「ものするひと」という漫画を買った。

 

ものするひと 1 (ビームコミックス)

ものするひと 1 (ビームコミックス)

 

 

30歳の小説家の日常を描いたこの作品。本屋で見つけてなんとなく気になって一巻だけを買った。帯の紹介文に自分の好きな小説家である柴崎友香が感想を書いていたことにも影響されて。主人公が街の景色や人々の行動を見て様々な物思いに耽るのだが、その思考を漫画を読みながら一緒にたどるのが何とも心地よくて楽しい。なんだか読んでいると落ち着くんよなあ。気づけばこの作品が好きになっていて、続きを買おうと思い調べたところ、なんと全3巻で既に完結していた。『え~、あと2巻だけなんや。』と思いつつも、次の日にはすぐに買いそろえて全部読んでしまいました。最後まで面白かった。わたしなんかはすぐに影響を受けまして、この漫画を読んだ次の日には、通勤途中の河川敷の景色を自転車を漕ぎながら、やたらと観察してしまった。河川敷に沿って電柱が並んでいることに気づいて、まあ正確には河川敷沿いの道路に沿ってなんだけれども、そんな電柱の並びにも、はじまりの一本と終わりの一本があることを知った。そういえば、電柱の電線が途切れてるとこなんて初めて見たな。途切れてるなんて意識したことがなかった。かといって全ての電柱が何かしらでつながっていて、「全ての道はローマに通ず」といった具合になっていると思っていたわけではないけれど。と思うと、電線が川を渡ってつながっている電柱同士もあって、なんだかそれは大げさに思えてしまった。『ここをわざわざ繋がなあかんかったん?大変やったやろ?』なんていう余計な心配までしてしまった。そして、この電線の存在に気づいてから、この下を通るときは少し窮屈な感じがするようになってしまい、何にでも気を配って観察するのも考え物だなと思った。とはいえ、こんな気分は漫画を読んだ後の数日間しか続かないのであろう。数日後には普通になにも考えずに通勤するようになっている現実。それでも数日間でもこのような期間があったということを忘れないために日記を書こう。

 

帯に紹介文を書いていたこと、そしてこの漫画のように日常を淡々と描写している様子が似ているということで柴崎友香の小説を読みたくなり、「次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?」を読み返した。

 

次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? (河出文庫)

次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? (河出文庫)

 

 

東京を目指して走る車の中の男3人、女1人の会話を中心として書かれたこの小説。この関西弁をそのまま放り込んでる感じが良い。柴崎友香の作品は何が良いって聞かれると答えるのが難しい。多分自分の友達にオススメすると、「これといったストーリーがないしオチもないから、なんか物足りんかったわ。」と言われる気がする。ストーリーにオチって・・・、ねえ?まあ言いたいことが分からんでもないけど。でも何も起きないのが良いところやねんけどなあ。なんにでもストーリーとオチがあるわけじゃないし。ていうか自分の人生にストーリーもオチもあるんだろうか。「第一部 完」っていう感じすら一回もなかったぐらいにヌルヌルっと自分の人生は続いている。『ああ、ここがおれの人生の転換期やな。』なんて思える瞬間がこの先待っているんだろうか。多分ないでしょうよ。あったとしても、その瞬間を大分通り過ぎてから思うようになるんやろな、なんとなく。こんなことを考えていたら、歌人の山田航が書いたブログの記事を思い出した。

 

bokutachi.hatenadiary.jp

 

むしろ自分の周りでは泣きたいから映画を見たり、漫画を読んだりする、山田航の言う"詐欺"に自らハマりに行っている人は結構いる。それが自覚的に"詐欺"に合っているのか、無意識のうちに"詐欺"られることに夢中になっているのかどうかは分からないが。まあ私は詐欺とまでは思わないけれど、ストーリーに人工的な香りを感じる時はあるので、山田航の意見にある程度賛同できる。そして柴崎友香の小説は、そういった感動させる、人の心を動かすポイントを狙って演出しているといった感じは、比較的薄い気がする。ていうか薄いでしょうよ。あくまで人の様子を自然に誇張せずにそのまま描いている。感動する場面を作者が「ここですよ」と提示しているというよりは、読者が勝手に気づいた部分が人それぞれの感動する部分であるといったような。思えば、生きていて日常生活で感動するのは、誰かに心を動かされるというよりも、こっちが勝手に感じて感動するということが多い気がする。受動的ではなくて、能動的というか。そりゃあドキュメンタリー番組とかを見せられたら感動してしまうけれど、そういったことではなくて。ストーリーによって導かれて気持ちをお膳立てされた感動ではなくて、その日の気分がたまたまその日のある場面と一致して、もしかしたら1日前に同じような場面に出くわしていても何も感じなかった可能性もあるかもしれなくて、そういったものが日常における感動と思わずにはいられない。まあ、映画とかもその日の気分によって感動するしないはあるけれど、もっと瞬間瞬間の話というか。なんとなく真面目なコンビニのレジの店員に感動してしまうみたいな。結局、言いたいことが整理できなくて訳が分からなくなってしまった。

なんといってもみつみちゃんの顔が趣深い(高松美咲「スキップとローファー 1巻」)

高松美咲さんの「スキップとローファー」を買いました。

 

スキップとローファー(1) (アフタヌーンKC)

スキップとローファー(1) (アフタヌーンKC)

 

  

石川県の田舎から東京の進学校に入学することになった主人公、岩倉美津未のスクールライフを描いた作品。この主人公のみつみちゃんが、謎の自信に溢れているのか、はたまた不安でいっぱいいっぱいなのか、そんなどっちなのかよく分からない状態を行ったり来たりしながら、都会の高校での生活を乗り越えていく様が愉快に描かれている。なんといってもね、みつみちゃんの顔がいい。面白い。作中で演劇部の部長にその顔を趣深いと評されていたが、まさにその通りでございます。一巻を読み終えたあとには、その趣深いみつみちゃんの表情に、気づけば夢中になっておりました。冒頭の東京に着いて両腕を掲げながら「ム!」と言っている顔がいい。趣深い。イケメン同級生の志摩くんとラインを交換して、じ〜んとしている表情もいい。高校初日が終わり「明日からは大丈夫でしょう」と考えながら布団に入っている表情もいい。なんなら、人生設計を妄想して死んだら骨を日本海に撒いてもらおうと考えているシーンの、海の向こうでさよならのサインをしながら微笑している表情なんて、目が描かれていないのに良い。なんか笑える。趣深い。いとをかし。

 

自分はこういうちょっと目つきが悪い感じのキャラが好きかもしれない。平方イコルスンの「スペシャル」の主人公、伊賀こもろも目つきが悪いけど、なんか笑える顔で好きだ。一巻の表紙の顔は最高。

 

スペシャル 1 (torch comics)

スペシャル 1 (torch comics)

 

 

でもこの漫画、みつみちゃんの顔だけじゃなくて話もちゃんと面白い。いや、そりゃそうなんだけども。高校生たちの集団における自分の立ち位置を、周りの人間と比較して気にしながら立ち回っていく様子が、丁寧に描かれている。あるよなあ、そういう感じ。今で言うスクールカーストを気にするってやつ。自分の場合は高校時代よりも大学時代の方が、そういう雰囲気が強かった気がするけど。イケてる集団に、イケてる集団に属したい子たち、普通の子たちに、静かな子たち。最初の、誰と一緒に授業を受けるかといった腹の探り合い感が凄かった。ここで中々上手くいかずに、結構長い期間迷走している子もいた。まあ、最初に編成されたグループなんてゴールデンウィークが終わったあたりで自然と再編成されて、なんやかんやでみんないい感じに落ち着くことになったけど。それでもやっぱり、「おれはもっとイケイケグループに所属するべき人間だ。」と野心に満ち溢れている子もいれば、「あいつらは授業もロクに受けない駄目なやつらだ。」とイケイケグループに謎の敵対心を剥き出している真面目グループなどもいた。わたしの場合は、気の合う子たちとすぐに仲良くなることができて、その子たちとは社会人になった今でも旅行に行ったりする関係を築けている。良かったです。

 

そして、この漫画に出てくるみつみちゃんのクラスメイトたちも、自分の立ち位置を気にして、互いに上手く仲良くなれなかったりして悩んでいる。しかし、みつみちゃん持ち前の田舎育ちの大らかさ、そして天然っぷりがそんな悩みを吹き飛ばしていく。みつみちゃん自身はなにも意識せずに発した些細な一言が、クラスメイトたちの心の壁を取り払い、普段は混じり合わないはずのクラスメイトたちを融和させていく。みつみちゃん、めっちゃ良い子や。友達になってほしい。そして、みつみちゃんの地元の幼なじみで親友の、ふみちゃんもめちゃくちゃ良い子。ちびまる子ちゃんで言うところのたまちゃん的存在。いくら天然で前向きなみつみちゃんでも、都会での生活には疲れてしまうこともある。そんなときにふみちゃんは、みつみちゃんの気持ちを察して元気付けてくれるのだ。なんていい関係。みつみちゃんが学校で起きたことをいちいちふみちゃんに電話するのもいい。みつみちゃん初めてのカラオケの話での、「グチ言う」「待っとりまーす」のやりとりなんて最高だ。なんだか芸人の少年少女を思い出した。あのコンビ、好きだったのに解散してしまった悲しい。結構前の話やけど。

 

なんにせよ、みつみちゃんの周りには自然といい人たちが集まっていて、読んでいてホッコリする。何人か怪しいやつもおるけど。今後もみつみちゃんの高校生活を追いかけていこうと思います。

シティポップって結局どんなジャンルやねん(Sugar's Campaign「City Pop」)

 

シティポップがどういったものかを知りたくてここに訪れた方、申し訳ないがここにはそういったものは一切記載されていないので、お戻りください。私も教えてほしいです。

 

つい最近公開されたSugar's Campaignの楽曲、「City Pop」がめちゃくちゃいい。

 


Sugar's Campaign / City Pop (Audio Only)

 

背景の模様が80年代のそれっぽくていい。でも曲の感じ、めちゃくちゃインディーロックやん。ていうかシティポップってなに?まずシティポップがなんたるかを、私はちゃんと理解していない。最近のオシャレな楽曲は、全部シティポップというジャンルでくくられている気がする。もっといえばインディーロックってなに?さっき自分でめちゃくちゃインディーロックやんって言ったけれども。それすらもちゃんと分かっていない。ちょっとスカスカ気味のリズムギターが入ってて、こもっている感じのボーカルがインディーロック?ややチープな感じがインディーロック?それにオルタナティブロックも分かりません。オルタナティブってどういう意味よ。

 

調べてみると、インディーロックは、最初はどこのメジャーレーベルにも所属せず独立しているレコードレーベルを表すために用いられていた用語のようだ。それから意味が変化していき、時にはオルタナティブロック、ギターポップと同義になったこともあるとのこと。結局、時代時代によって意味がなんとなく合わせられてる感じなんやな。そりゃつかみどころがないわけだ。そして、オルタナティブロック。当初はメインストリームのロック(いわゆる商業ロックと揶揄されるもの)とは、一線を画した商業的ではないロックのことを表していた。しかし、オルタナティブロックというジャンルに人気が出てメインストリームに近づいてしまい、当初の意味とはズレが生じることもあったようだ。さらにはオルタナティブロックは、ブリットポップからグランジといったジャンルを内包している説もある。オルタナティブロック、幅が広すぎませんかね。結局、なにがなんだか分からない。高校の数学Aで習った集合みたいな感じで誰か教えてくれ。なんとなくでジャンル分けするしかないのか・・・。

 

まあなんにせよ、とりあえずいいものはいいものとして受け止めることにしよう。にしてもこの「City Pop」というタイトル、なんかあえて付けられているような気がしないでもない。だって「City Pop」って今更感あるし。なんとなく、都会的な雰囲気を出していればシティポップというざっくりとした認識はあるのだが、これは正しいのでしょうか。歌詞の「Ideal girl」なんて部分は、イケてる都会の女の子感があるけれど。「きまぐれオレンジロード」の鮎川的な。古いっすかね。まあ深読みというか、考えすぎはやめよう。相手の思うつぼです。

 

それにしてもこの曲を聴いたら、The Drumsを思い出した。曲の感じといい、歌詞の「Let's Go」の部分といい、Drumsを喚起させる。

 

Summertime!

Summertime!

 

 

このEP、好きです。アルバムのタイトルにビックリマークが入っているあたりも、絶妙にダサくてDrumsっぽさが出ていていい。イケてない感じ。「Ideal girl」とは真逆の、冴えない男の子。特に3曲目の「Don't Be a Jerk, Johnny」が好きです。

 

 

夏が来たら、またこのEPを聴こう。

 

そして、冴えない男の子の恋の物語といえば、バスティアン・ヴィヴェスの「塩素の味」。

 

塩素の味 (ShoPro Books)

塩素の味 (ShoPro Books)

 

  

恋は甘酸っぱい味ではなく、塩素の味がする。いや、失恋は苦い味ではなく、塩素の味がするといったものかな、この漫画は。この「塩素の味」では、主人公の一人称視点の移り変わりが、セリフの無いコマを細かく刻むことで表現されている。

 

sample.books.shopro.co.jp

 

まるで漫画とアニメの中間のような印象。このように主人公の目に映る風景を描くことで、セリフはないけれども、主人公が何を探していて何に心が惹かれているのかといったことがより印象的に伝わってくる。あんまりこういった表現方法を見たことがない気がする。私が知らないだけかもしれないけれど。

 

それにしても、このようにコマを刻んで描写する方法って、最近のスマホの縦読みマンガと相性がいい気がする。熊倉献も「生花甘いかしょっぱいか」において、吹き出しのセリフがグニャグニャと変化して夢から覚めるシーンを、コマを刻むようにして描いていた。

 

 

スマホの縦読みマンガって、意外と既存の漫画とは異なった新しい表現方法が生み出されて面白くなるかもしれませんね。なんか偉そうなことを言ってしまいました。反省します。

 

縦読みマンガというスタイルをとっている、そして登場人物の一人称視点の移動によって心の機微を表現している漫画のひとつに、発狂するエラーというサイトで描かれている「鈴木さん」がある。

 

dnsksrn.web.fc2.com

 

この漫画の「空隙」というエピソードなんて絶妙です。

 

dnsksrn.web.fc2.com

 

最後の空を映しているシーンなんてね、もうね。目は口程に物を言うとは、相手の目の表情から考えていることを読み取るという意味だが、相手の視点になってみて実際になにを見ているかが分かれば、それ以上に心の機微が分かる。実際には無理なんだけれども、漫画ならそれが表現できる。素晴らしいよね。

 

あだち充にも実験的に縦読みマンガに挑戦してみてほしい。H2において木根が甲子園で完投したことを告げるシーンなんて、まさにセリフの無いコマ、しかも直接的ではなく、家電屋のテレビに映った中継映像によって表現するという粋な演出。あれにはグッときました。あだち充って、こういう視点をずらした描写が上手いよなあ。ホンマに好きです。

 

なんか話が色々飛んだけれど、Sugar's Campaignの「City Pop」、最高です。

 

熊倉献の「生花甘いかしょっぱいか」があっさり終わってしまって悲しい

熊倉献のウェブ漫画、「生花甘いかしょっぱいか」が終わってしまった。悲しい。

 

comic-days.com

 

終わり方がなんともあっさりしていて、少し物足りない感じがしたが、それでも全体を通して面白かった。主人公の相田君の変なポイントでときめいてしまうところが好きでした。女子のちょっとした行動を拡大解釈して、深読みして、どんどん自分の中で妄想が膨らんでいく感じ。『え、もしかしておれのこと好き?』みたいな。女子とちょっとしゃべっただけでときめいてしまっていた中学生のころを思い出して、なんだか甘酸っぱい気持ちになりました。最終話のコメントには「体力の限界...ッ」と書かれており、描くのに疲れてしまったんだなということが分かる。お疲れさまでした。でも、できればすぐになにかしらの媒体で帰ってきてください。終わってすぐに言うのもなんだけど。それぐらいファンです。

 

熊倉さんの描く漫画のキャラには、絶妙に男心をくすぐられる気がする。分かってるなあって思います、偉そうにも。そして、熊倉さん初の単行本である「春と盆暗」を読んでいる時点では、熊倉さんのことをてっきり男性だと思っていた。しかし、ある日ネットサーフィンをしていて、熊倉さんが対談している記事を見つけたのだが、なんと予想外にも女性であった。

 

www.cinra.net

 

対談相手であるシュリスペイロフというバンドのボーカルの宮本さんも「てっきり男性だと思っていた」と言っている。やっぱりそう思うよね。だってホントにキャラが絶妙やもん。前にも書いたけれど、「春と盆暗」の、嬉しいことがあると手が出てしまう女の子のキャラとかめっちゃいいもん。『うわあ、いいなあ』ってなります。そういう女子のちょっとした心惹かれる仕草を描くのが上手い。あざとくない自然な女子の感じ。そして、この対談で熊倉さんは漫画の描き方に関して

 

ストーリーを組み立てるというよりも、「こういうシーンを描きたいな」というイメージが頭のなかにいっぱいあって、それを組み合わせながらひとつのお話にする、という描き方をしているからかもしれないですね。自分でもどういうあらすじになるのか、最後までよくわからないんです。

 

と言っている。そうだとすればやっぱりストーリーものよりは、一話完結型の話のほうが書きやすいのかな。ぶっちゃけ「生花甘いかしょっぱいか」の終わり方は、もう話が思いつかないから終わり!って感じやったもんなあ。

 

小説家の長嶋有は、男性であるのになぜこんなにも女性の気持ちが分かるのかと言われている。

 

www.bookbang.jp

 

熊倉さんはその逆で、女性なのになんでこんなにも男心が分かっているのかと思ってしまう。なんかあだち充の漫画を読んでいるときと近い感情を抱くときもある。「春と盆暗」なんて何回読み返してんねんっていうぐらい読み返している。

 

春と盆暗 (アフタヌーンKC)

春と盆暗 (アフタヌーンKC)

 

 

「春と盆暗」に収録されている話は全て、明日からの人生、ちょっと楽しくなるんじゃないかという予感を残しながら終わっていくのがいい。いいことがあった日の夜、布団に入りながら一日を振り返って、「今日はいい日だったなあ。明日も楽しみだなあ」と少しだけワクワクする感じに似ている。要は最高ってことです。表紙もいい。黄色がいい。もうべた褒め。

 

そして、熊倉さんと同様に、シンガーソングライターのカネコアヤノも男心が分かってるなあと思う。いや、この言い方には語弊があるかもしれない。男心が分かっているというよりは、自分と物事に対する考え方が近いというか、歌詞の内容が自然に受け入れられる気がする。曲もそんなにキャピキャピしてないし、恋の歌を歌っているけれど、それが大げさではなくどこか素朴でミニマルな世界観であるのがいい。カネコアヤノの「恋する惑星」は本当にいいアルバム。

 

恋する惑星

恋する惑星

 

 

「マジックペンと君の名前」がすごい好き。

 

 

でもこのアルバムの曲は全部好き。最近の曲も、もちろんいい。先ほども書いたけれど、熊倉さんもカネコアヤノも、女性なのに男心が分かっているとかではなく、ただ単に人としての気質が近いだけなのかもしれませんね。男でも別に二人に共感できない人はいると思うし。人生においてなにを大切に思っているのか、それが一緒かどうかが肝心なのかもしれません。単純に気が合うかどうかってことやね。

 

色々書いたけれど、熊倉さんの描いた漫画をまたどこかで読めることを楽しみにしております。

 

www.gissha.com

 

一年も経たずに終わっちゃったんだね・・・。