牛車で往く

日記や漫画・音楽などについて書いていきます 電車に乗ってるときなどの暇つぶしにでも読んでください

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ハトとスズメはハトのほうが少し賢い気がする

最近川の土手を自転車で走っていたら、生い茂っている草と舗道の境目、草際とでも言おうか、そこにミミズの死骸がめちゃくちゃ落ちているのを目にする。

 

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怖い。何が起きているんだ、ミミズたちに。と思っていたら、その草と舗道の境目にスズメが数羽いるではないか。なるほど、おそらくミミズの死体はスズメが食べ残した残骸であろう。にしてもミミズが結構丸ごと残っている。スズメは小食なんだろうか。確かに身体は小さいけれど。どうせそんなに食べないのなら、ことあるごとにミミズを掘り返さなくてもいいのにと思ってしまう。スズメたちの世界に、エサのミミズの鮮度などの問題があるのだろうか、などという少しグロテスクな想像をしてしまう。

 

このスズメたち、私が自転車で脇を通り過ぎようとすると、別にぶつかりそうにもないのに飛んで逃げようとする。飛んで逃げようとするのはいいのだが、飛ぶ方向が問題なのである。私がいる方向に飛んでくるのである。だからもう、そこにおってくれたらいいのに飛んだほうがぶつかりそうになるという、よく分からないことになっている。「何かが近づいている」⇒「危ない」⇒「逃げる」までのシステムは組み込まれているが、逃げる方向まではちゃんと考えられないのだろうか。そしてなんだか、歌人の穂村弘が、車が来ているにもかかわらずいきなり道路に飛び出す、その死を恐れない猫の行動に憧れるといっていたことを思い出した。その点、ハトはまだ少し賢い、というか厚かましい。ハトはよく舗道の真ん中で堂々とエサを食べている。私がぶつかりそうだなあと思いながら自転車で脇を通ろうとしても、ハトたちはギリギリまで飛んでいかない。けれども、こちらがどこから近づいてきているかはしっかり認識しており、私から遠ざかる方向に少しずつ歩いていく。ハトとスズメだったらハトのほうが賢いんだろうな。

 

生き物の賢さ自体(賢さと書いたら曖昧な表現にはなるが)は、脳の大きさに左右されると思われがちだが、その脳が備わっている容れ物、つまりは身体の構造が重要であるとは池谷裕二さんの本で読んだ。

 

進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線 (ブルーバックス)

進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線 (ブルーバックス)

 

 

脳は身体の構造によって使う領域が変化し、イルカの脳は大きいけれど身体の構造自体は人間ほど複雑ではないから 、脳のポテンシャルをすべて活かしきれてないんだったっけ。もしイルカに手足や指が生えていたら、もっと賢くなっていたかもしれないといったことが書かれていた気がする。また読み直そう。

 

最近はすっかり暑くなって、先週の土日は半袖でも十分なぐらいであった。ゴールデンウィークが終わってしまって、仕事が始まるのが嫌だなあと思いながらも、いざ始まると割とすんなりいけてしまう。いつでも嫌なのは久しぶりに仕事が始まるその最初の日だけだ。とはいえ、モチベーションは確実に低いままであり、五月病とまでは言わないがやる気は出ませぬ。正直、ゴールデンウィークが始まる前からその感じはあったけれども。終わってしまったゴールデンウィークは、もはやフィクションだったように思える今日この頃。

 

 

キリンジの「五月病」、めちゃくちゃ好きだ。タイトルとは裏腹に爽やかな曲調。歌詞の意味は全く分からない。なにが五月病なんだ・・・。そしてこっちのファミコンアレンジも可愛くて好きです。

 


キリンジをファミコンアレンジ 「五月病」

 

音程が外れている気がするのはわざとなんでしょうか。

 

「五月病」が収録されているキリンジのファーストアルバム、「ペイパー・ドライヴァーズ・ミュージック」もめちゃくちゃいい。個人的に捨て曲なしの名盤。

 

ペイパー・ドライヴァーズ・ミュージック

ペイパー・ドライヴァーズ・ミュージック

  • アーティスト: キリンジ,堀込泰行,堀込高樹
  • 出版社/メーカー: ダブリューイーエー・ジャパン
  • 発売日: 1998/10/25
  • メディア: CD
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今思えば「捨て曲」っていう表現、えげつないな。キリンジを聴きながらのらりくらりと五月病をやり過ごそう。

 

鎌倉高校前駅にはとんでもない数の観光客がいました(神奈川旅行 3日目後半)

神奈川旅行3日目の後半戦。

 

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友人が鎌倉高校前の踏切に行きたいということで、江ノ電に乗るために江ノ島駅へと向かう。江ノ島駅に到着すると改札を通らずとも分かるぐらい恐ろしいほどの人だかりが。これがゴールデンウィークか・・・。江ノ電大人気やなと思うと同時に、自分も江ノ電が好きなのでみんなの気持ちが分かる。わたしは関西出身であるのでICカードはICOCAを使っているのだが、現金をチャージしようとすると江ノ島電鉄の券売機ではICOCAをチャージすることはできなかった。まあ、残高がまだあったんで良かったけど。関西の皆さんはご注意ください。改札を通るとやっぱりものすごく人が並んでいる。どうやら江ノ電は混雑しすぎていてダイヤが1時間遅れているようだ。人が多すぎて乗れそうになかったので、最初に来た江ノ電を見送り、次の江ノ電を待つことに。せめてものといった感じで、去っていく江ノ電のお尻を写真に収めました。

 

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やっぱりいい。可愛い。好きです江ノ電。15分ほど待つと次の江ノ電がやってきたのでそれに乗る。めちゃくちゃ混雑しているにもかかわらず、予想外に座れてしまった。というか本当は立って景色を見たかったのだが、混雑している中、目の前の席が空いているのに立ったままなのは逆に迷惑なんじゃないかと思って座ってしまった。江ノ島駅から腰越駅、鎌倉高校前駅にかけては、一旦路面電車となったのちに、カーブで曲がった先に海が広がるという最高の景色が味わえる区間であるのに。小沢健二の「さよならなんて云えないよ」の歌詞

 

左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる

僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも

 

の世界観。

 


小沢健二 - さよならなんて云えないよ

 

本当に名曲。まあでも見れないのはしょうがない。諦めきれないけれど、座りながら見ることにしよう。自分が座った席の前に立っている人たちも関西出身の方たちであり、めちゃくちゃおしゃべりをしていた。やっぱり関西人は元気ですな。ちょっとうるさかったけど。

 

鎌倉高校前駅に着くと、結構な人数の人が降車した。やはり人気か。踏切前には観光客がわあっと集まっており、なんかもう凄かった。なんかもう凄かったとしか言えない。中国からの観光客と思われる人たちもたくさんいた。大学生のころ、夏休みを活かして9月に来たときはここまで人が多くはなかった。ゴールデンウィークにみんなの休みが集中すると、こんなことになるのかと思わずにはいられなかった。自分もそんな群衆の一員なんですけどね。とはいえやっぱり踏切越しに捉える江ノ電の姿は素晴らしい。

 

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海の向こうには江ノ島が見える。午前中に江ノ島に行った時には気が付かなかったが、こんなに海が光っていたなんて。まるで漫画に出てくる青春の1ページの光景のようだ。午後になり太陽が高くなった影響でこんなに海が輝いて見えるのだろうか。サーフボードをもって原付に乗っているサーファ―の姿を目にして、本当に海と生活が密接に関わっているんだなと思う。それにしても鎌倉高校に通っている学生たち、ロケーションが羨ましすぎる。なんじゃこのTHE青春って感じ。ずるい。自分が通っていた高校は鎌倉高校に比べたら平凡で何もなさすぎる。とはいったものの、自分が高校時代に自転車で通っていたことを思い出してみれば、そんなに悪くはなかったなあと思う。それと同時にすこし甘酸っぱい気持ちになるのは、やっぱり自分の高校時代がそれなりに楽しかったからなのだろう。うむ、高校時代は普通に楽しかった。でもやっぱり鎌倉高校みたいな場所の高校に通えていたらもっと楽しかった気がする。多分、きっと。来世に期待。

 

一通り江ノ電を撮影し、鎌倉高校前駅に戻って鎌倉駅へと向かう江ノ電を待つ。本当に目の前に海が広がっている。

 

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なんちゅう駅や。羨ましい。こんなに良く思えるけれど、毎日通学に利用していたら慣れてしまって何も思わなくなるんでしょうか。そう思うと旅行で来るぐらいがいいのかもしれない。鎌倉駅に向かう江ノ電に乗車するも、やはり満員電車。しょうがない。おそらくこの電車の中には、普通に鎌倉に住んでいて普段から江ノ電を利用している人も乗っているのだろう。そう思うと人気の観光地に住むのも良い面ばかりじゃないなあと感じる。

 

無事、鎌倉駅に到着し、小町通りを抜けて鶴岡八幡宮へ。小町通り、観光客のマナーが悪くて4月1日から食べ歩きを規制するための条例が施行されているんですね。

 

trafficnews.jp

 

食べ歩きを禁止にするまではできないようだ。確かに旅行を楽しむのはいいが、節度をもった行動をとらなければ、どんどんルールが厳しくなって自分たちの首を絞めることになってしまう。気を付けなければ。それにしても小町通りは飲食店が多いから、もし食べ歩きが禁止になるとお店のほうも厳しいよなと考えてしまう。

 

小町通りを抜け、鶴岡八幡宮に到着。鳥居をくぐった後、境内まで続く道には屋台が出展されていた。本宮を参拝するために階段である大石段を登る。ふと顔を上げると雲一つない天高い青空が広がっていた。

 

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気持ちがいい。お賽銭を済ませ、友人がここでも御朱印をもらうために行列に並ぶ。やっぱりすごい行列。鶴岡八幡宮をあとにして、鎌倉駅に向かうために、次は小町通りではなく若宮大路沿いを歩く。お土産を買おうとお店を探したが、なんだかしっくりくるところがなかった。鳩サブレーはこの前買ったしな。鳩サブレではなく鳩サブレ―。ちゃんと伸ばしましょう。ティッシュではなくティシュー。ちっちゃいツを抜いてちゃんと伸ばしましょう。そのまま何も買うことなく鎌倉駅に着いてしまった。

 

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が、ここで思い出す。江ノ電鎌倉駅の改札の中にお土産屋があったではないか。ということでICカードをピッとして改札を通る。やっぱりありましたお土産屋。江ノ電グッズやお菓子などが充実している。おすすめです。改札を通ったついでにそのまま鎌倉駅に到着した江ノ電を撮影。

 

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お客さんが無事に帰れるようにとの願いを込めて作られたカエルの車両止めの背中がキュートだ。

 

お土産を買い終え、帰りの新幹線に乗るために新横浜駅に向かう。もう終わってしまうのか、この旅行。ああ、嫌だ嫌だと思いながらJRに乗り、ひとまず横浜駅へ。横浜駅にて乗り換える際に路線を見ると、京浜東北線の文字が。

 

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『うわあ、ビーフの曲の「ドリーミン京浜東北ライン」やん!』とひとりで心の中で盛り上がる。

 

 

さらには大宮の文字まで。関東の人にとってはなんてことない路線であるだろうが、関西出身でこの曲が好きな自分にとっては『うわあ、ホンモンに乗るわ。思ってもなかったわ。』というほどの感動が京浜東北線にはある。実際、上に貼った京浜東北線の写真を撮っているとき、一緒に旅行に来ていた友達に「え、なんでこんな写真撮るん?どこがツボか分からんわ。」と言われた。ええんじゃい。

 

その後、新横浜駅について新幹線に乗り帰路に着く。新幹線の中で友人にひたすら「終わりたくない。帰りたくない。早すぎる。いやや。」と言い続けました。新幹線に乗っている時間ですらできるだけ長く続いてほしいと願ったが、人間の作った文明の利器はすさまじく、2時間ほどで新横浜から関西まで戻ってくることができてしまった。あっちゅう間やで、ホンマに。友人たちに別れを告げ、自宅の最寄り駅に到着する。ここでなんだかまっすぐ家に帰るのがもったいない気持ちになった。さらにはこの旅行で横浜・湘南・鎌倉にまつわる音楽が聴きたくなる刺激を受けたが、友人たちともに行動していたことから曲を聴く余裕がなかった。遠足は家に帰るまでが遠足であるとは小学生のころに学んだ。であるならば旅行もまた然りであろう。ということで音楽を聴きながら遠回りをして家路に。実際には旅行が終わっているにもかかわらず、その事実から目を背け街をさまよう姿は、さながらゾンビである。旅行が終わってもいまだにわたしの魂は江ノ島上空を浮遊している。

 

江ノ島にかかる橋を歩いている時点でもう楽しい(神奈川旅行 3日目前半)

神奈川旅行の最終日、3日目について書きます。

 

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1日目、2日目とあいにくのお天気でしたが、3日目はようやく晴れてくれました。それにしても楽しい時間はあっという間である。もう最終日。鎌倉観光は楽しみだけれど、終わってしまうのは悲しいといった複雑な気持ちに。ともあれ、過ぎる時間を惜しんだところで何にもならないので、早速電車に乗って江ノ島へと向かう。一旦JR東海道本線で藤沢駅まで行き、小田急に乗り換えて片瀬江ノ島駅へ。片瀬江ノ島駅といえば外観が竜宮城のようになっていて大変面白いのだが、駅に到着し改札を出ると、外観が工事中であった。なんでも駅舎の建て替えを行なっているらしく、2020年の5月に竜宮城感がよりパワーアップして帰ってくるとのこと。

 

hamarepo.com

 

竜宮城感ってなんだいベイベー。なにやら竜宮造りという伝統的な技法で建て替えるようだ。建て直されたら、それを見にまた鎌倉にお邪魔しに来るとしよう。

 

片瀬江ノ島駅から少し歩くと境川にかかる橋がある。

 

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この橋、映画ピンポンで窪塚洋介演じるペコが「アイキャンフライ!」と叫びながら飛び込んだ所だ。この橋からすでに江ノ島が見えており、もはやテンションが上がってきた。

 

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江ノ島っていたるところから目にすることができるから、来たぞ江ノ島、鎌倉といった気分になる。そして、江ノ島と言えばサニーデイ・サービス。

 

 

MUGEN

MUGEN

 

 

アルバム「MUGEN」、めちゃくちゃ好きです。アルバムを通して落ち着いた雰囲気があり、前半は割と明るく、日差しを感じるような楽曲が多いが、後半になるにつれてしっとりした曲が増えていく。夏の一日を表しているようで何とも言えない切ない気持ちになれます。平賀さち枝の江の島もいいです。

 


平賀さち枝『江の島』 (official PV)

 

そのまま数分歩いていくと、すぐに江ノ島へと続く橋に差しかかる。

 

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本当に天気がいいから江ノ島の姿がくっきりと見える。海を渡ってくる風が気持ちいい。海ではジェットスキーに乗っている人やSUPを楽しんでいる人たちがいる。ああ、やっぱり江ノ島いいなあ。江ノ島に到着し、江ノ島神社に向かって商店の間を真っ直ぐに歩いていくと、ひとつだけ5月にもかかわらず紅葉になっている木を見つけた。

 

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これホンモノなんやろか。なんでこんなタイミングでひとつだけ真っ赤なんやろう。そして、その反対側ではたこせんべいに並ぶ行列が。

 

江ノ島神社の鳥居をくぐってエスカーに乗り島の上まで上がる。

 

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江ノ島エスカー、思っているよりも普通のエスカレーター。ちょっと長いだけ。エスカーの両脇の壁には新江ノ島水族館やコカコーラの看板が。アジカンの江ノ島エスカー、好きです。「サーフ ブンガク カマクラ」は名盤。

 

 

サーフ ブンガク カマクラ

サーフ ブンガク カマクラ

 

 

エスカーを降りると辺津宮(へつのみや)が現れる。

 

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友人が御朱印をもらいに行っていたのだが、行列がものすごかった。なんと言っても昨日、平成から令和になったばかり。御朱印をもらった日付に令和の文字が刻まれることから、みんな記念に欲しがっているとニュースでやっていた。こっちとしては平成から令和になることに対してそんなに感慨も抱いていないから取り残された気分に。まあみんな楽しければそれでいいか。お賽銭をして二礼二拍手一礼する。いつからスムーズにこれが出来るようなったんだろうと自分でも思う。たまにお寺なのに二礼二拍手一礼をしてしまっている人を見るけれど、気持ちは分かる。慣れるまでは、それをしなければいけないという意識が強すぎて、よく分からずにしてしまうことってあるもんね。お賽銭が終わり、おみくじを引くと末吉であった。末吉と言われてもどうしたらいいのかが分からない。喜ぶもんでもないし、落ち込むほどでもない。結局いつも通り、一旦おみくじの中身を読み込みはするが、内容などすぐに忘れてしまうのだろうと思いながらおみくじをくくる。実際なにが書いていたのかはもう覚えていません。神様ごめんなさい。

 

続いて江ノ島のシンボルであるシーキャンドルを見にサムエルコッキング苑へ。綺麗な花が沢山咲いており、それぞれの花言葉が書かれている。おみくじ同様、この瞬間だけ花の名前と花言葉を覚え、数秒後には忘れてしまう。植物の名前とか分かるようになりたいなあと思うけれどもこんなんじゃダメですね。エレベーターに乗ってシーキャンドルに登ると湘南の海岸が一望できる。晴れているとはいえ、雲が多い。

 

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肉眼で見ると開放感があり爽快な気分になったが、写真で改めて見ると少し暗い雰囲気に見える。写真じゃ本当の良さは伝わらないかもしれないが、写真に残しているからこそこうして振り返ることができる。シーキャンドルから降りると、すぐ下でチュロスを販売している出店を発見。わたくしチュロスが大好物でございます。サクサクした食感に加え、シナモンと粉砂糖がかかっていて甘くて美味しい。映画館や遊園地、スキー場のゲレンデなどでしか食べられないから、見つけた瞬間興奮してしまった。出店のすぐ横に設置されているテーブルに座り、いざ実食するとやっぱり美味しい。ところでわたしはシナモンと粉砂糖のかかっている棒状のチュロスは好物であるが、ハチミツでコーティングされているハニーチュロと呼ばれている輪っかになったものはそんなに好きではない。ここは厳密に区別していきたい所存。そして、わたしが一足先にチュロスを買って食べていると友人達はビールを買ってやってきた。なんとも幸せそうな顔をしている。旅行はお酒を飲む免罪符となり得るから、この旅行中彼らは隙あらばビールを飲んでいる。出店の近くにあった売店でお土産を見る。江ノ島Tシャツが可愛くて買ってしまった。

 

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引き続き、江ノ島を奥へ奥へと進んでいく。途中で江ノ島亭という食事処を見つける。まだ11時であるにもかかわらず、人が並んでいる。恐るべしゴールデンウィーク。この江ノ島亭はくら寿司のように発券することで入店予約をすることができる。さらにはQRコードを読み込んでメールアドレスを登録すると入店する順番が近づいてきたら連絡をしてくれる。ということで、とりあえず発券して観光を続ける。岩屋という洞窟のようなところに入る。お昼が近づいてきて外は暑くなってきたが、洞窟に入ると涼しい。親子連れの子どもは洞窟でテンションが上がっていた。確かにダンジョン感あるもんね。1時間弱江ノ島をブラブラしていると江ノ島亭からメールが届く。すぐに戻るとスムーズに入店できました。天丼を食べる。もちろん美味しかったです。

 

ご飯を食べ終わり、江ノ島を後にする。江ノ島を離れる直前にアイスを買って橋を渡りながら食べた。来るときには全く目にしなかったが、お昼になるとトンビが数羽飛んでいるのが目に入った。お腹が空いて我々人間の食べ物を狙っているんだろうか。おれのアイスをお前らにくれてやるつもりなどないと警戒を強める。まあ実際にはトンビはかなり上空を飛んでおり、狙ってくることなどなかったけれど。トンビ、気持ちよさそうに飛んでいたなあ。そう言えば江ノ島はネコが多いというけれど、一匹も目にすることはなかった。前回来たときには境内で昼寝をしているネコを見つけて癒されたのに。今回はネコよりも江ノ島の近所に住んでいて散歩をしに来ている犬のほうが目にした。歩いて江ノ電の江ノ島駅へと向かう道中、驚くほど日焼けしている女子を見て夏を先取りした気分になりました。

 

3日目後半へ続きます。

 

雨の横浜中華街はまさに北京ダックの世界観(神奈川旅行 1日目)

ゴールデンウィークの中盤に神奈川県へと2泊3日の旅行に行ってきました。

 

まず旅行前日。天気予報を調べてみると、前半の2日間は雨の予報。もうこの時点で少しテンションが下がってしまう。10連休のよりによって旅行に行く2日間がピンポイントで雨。何してくれてんねんお天道様。とはいっても天に唾を吐いたところで自分に返ってくるだけであるので、気持ちを切り替えて明日からの旅行に備える。旅行に出発する直前になると急に家にいたくなる気持ち、なんなんだろう。ちょっと前まであんなに楽しみであったのに、すごく家にいたい。

 

そして旅行1日目。目が覚めると雨は降っていなかった。どうやら関西の天気は曇りのようだ。早速スマホで神奈川県の天気予報を調べると午後から雨とのこと。どうあがいても雨は降ってしまうようだ。とりあえず新幹線に乗って新横浜へ。途中の駅から友達が乗車し、一緒にしゃべりながら目的地へと向かう。「新幹線よりも飛行機のほうが旅感がでるよな。」とか「荷物そんなにないのになんとなくキャリーバッグで来てもうたわ。おかげで中身スッカスカやのにかさばるわ。」とか、そんな話をしながら2時間ほどで新横浜へと到着した。

 

電車を乗り換えて赤レンガ倉庫へと向かう。ゴールデンウィークの期間中、赤レンガ倉庫にて開催されているドイツの春祭り「フリューリングスフェスト」に行く。

 

www.yokohama-akarenga.jp

 

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色んな出店が出ていて、そこでビールやらソーセージやらを買って食事を外で楽しむといったもの。天気は曇りだがまだ雨は降っていない。外に設営されているテーブルに座って、みんなで乾杯する。特別ビールが好きというわけではなく、昼間からビールを飲んでダラダラするということへの憧れが我々をフリューリングスフェストへと誘ったのだ。そして、個人的には最近読んでいたチャールズブコウスキーの小説「勝手に生きろ!」の影響も多大にある。

 

勝手に生きろ! (河出文庫)

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  • 作者: チャールズブコウスキー,Charles Bukowski,都甲幸治
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2007/07/01
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ああクズ人間になってしまいたいなんて、本当のクズ人間がどんなものかも知らずに思ってしまう。

 

それでも1時間ぐらい会話を楽しんでいると雨が降ってきてしまい、すぐさま赤レンガ倉庫内へと避難した。ゴールデンウィークということもあって、人がごった返していて自分もそんな大群の構成要員の一部であるにもかかわらず、棚に上げて「なんでこんなに人多いねん。家でじっとしとけよ。」だなんて思ってしまう。この日の天気は降ったり止んだりといった不安定なものであった。雨が止んだスキを狙って赤レンガ倉庫周辺を歩いて観光した。

 

赤レンガ倉庫の観光が終わると、横浜中華街へと場所を移動。

 

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細野晴臣がライブをした同發新館の外観をパシャリ。

 

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そういえばカネコアヤノもここでライブをしていたな。細野さんがライブをしたということで、ある種アーティストにとっては憧れの場所となっているのだろうか。アーティストでもなんでもないパンピーのわたしは写真を撮っただけでかなり興奮してしまったけれども。そして、今さらどうせなら晩御飯の予約を同發新館にしておけば良かったと後悔する。そうすれば中の様子も見れたのに。

 

予約している晩御飯までまだ時間があったので中華街をブラブラと歩いていると武器屋なるお店を見つけた。なんか急にRPGの世界っぽいなとワクワクしてきて、青龍刀や三節棍など中国っぽい武器が売っているんだろうかと気になり入ってみると、中国っぽい武器以外にも普通に銃とかも売られていた。幅広くやってますわ。らんまが履いているようなカンフーシューズなるものが1000円で売られており『おおっ』と少し心を揺さぶられてしまったが、勢いで買ってしまうほど若くもないので踏み止まることができた。小学生のころに宮島で木刀を買った子がいたことを思い出し、その子がその頃にここに修学旅行で来ていたとしたら、どの武器を選んでいたんだろうなんて考えてしまった。どの武器を選ぶにせよ、何かしらの武器を買うのは確実でしょうよ。

 

特に装備を整えることもなく武器屋を出ると、パラパラと雨が降っていた。雨の横浜中華街。これはまさしく細野さんの「北京ダック」の

 

横浜 光る街

雨が降る

まるで古い映画さ

"Singin' in the Rain"

雨男 唄う

 

といった歌詞のとおりではないかとひとり興奮する。

 

 

さらにはPANDA 1/2の「中華街ウキウキ通り」も思い出して、友達と一緒にいるけれど急激に音楽が聴きたくなってきた。

 


PANDA 1/2  / 「中華街ウキウキ通り」

 

ただ、『北京ダックの歌詞と一緒や!』と興奮したとはいえやっぱり雨はめんどくさい。ただでさえゴールデンウィークで人が多いのに、みんなが傘を差すと余計に窮屈になってしまう。晴れが一番だなあ。

 

18時になり、予約していた中華料理屋へ晩御飯を食べに行く。3000円で時間無制限食べ放題。北京ダックに小籠包、回鍋肉に青椒肉絲とモリモリ食べる。青島ビールも飲んでしまった。友達と円卓を囲みながら食べる中華は、とても美味しく幸せな気分になった。色んな料理をみんなで分けあえるところが中華のいいところであるなあとつくづく思う。

 

ご飯も食べ終わり外に出ると、空の色は真っ暗で夜になっていた。ベタではあるが、夜の中華街は雰囲気がいい。

 

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お腹もいっぱいになり、上機嫌で中華街を歩く。中華街を離れたあとは宿泊するホテルへと向かった。チェックインを済ませて部屋でゆっくりする。友達がお風呂に入っている隙に細野さんの「トロピカル・ダンディー」を聴く。

 

トロピカルダンディー(紙ジャケット仕様)

トロピカルダンディー(紙ジャケット仕様)

 

 

「HONEY MOON」を聴いているとなんとも言えない幸福感で満たされてしまった。

 

 

みんながお風呂に入ったあとはコンビニで買ってきたお酒を飲みながら談笑を楽しむ。『ああ、こういう時間が自分にとってはやっぱり必要だなあ』としみじみと思いました。まだ1日目が終わったばかりだけれども、あっという間であった。楽しい時間は一瞬で過ぎてしまうから、なんとかしてそんな時間にしがみつこうとして、なかなか寝ずに喋り続ける。こんな時間が一生続けばいいだなんて本当に思いますけれども、そうもいかないのが世知辛いところ。残り2日間も楽しみではあるが来てしまうと終わってしまうという複雑な思いを抱きながら眠りにつきました。

夜の時間を持て余しているから散歩に行きたい

この前の月曜日から完全に春が来たって感じがする。それまでは少し肌寒い夜もあったが、今はもう涼しいくらいだ。桜の花は散ってしまい、それに代わって恐ろしいほどのスピードで木々に緑の葉が茂っている。桜って散ってからこんなにすぐに葉っぱが生えるんや。これが春の生命力か。

 

会社に新入社員が入ってきて、早くも二週間が経った。そして思うことは、自分が新入社員だった一年目って裏でこんなに品定めされていたんだということだ。恐ろしいよね。「あの子はできる子やけど、あの子は仕事が遅い」といった判定がこんなにも早々に下されていたなんて。まあでも思えば学生時代にやっていた飲食店のバイトもそうであった。バイト初日で「あんた仕事遅いわ」とおばちゃんに言われたときは普通に「しばいたろか。初日やぞ」と思った。人にされて嫌なことは自分もしないようにしようとは、本当にそうだと思うわけよ。

 

 

でもわたしの場合は、自分が優しくしてほしいから人に優しくするといういやらしい考えがありますけれども、まあそれは気にしないでおこう。が、しかし、こちらが新入社員を品定めしているように、新入社員のほうも誰がいい上司で誰がダメな上司かといったことは考えているわけで、わたしも新入社員のころはご多分に漏れずそのようなことを考えていた。そう考えるとどっちもどっちだなとも思うが、新入社員のほうが立場が弱いから大変かもしれない。そしてなんとなく村上春樹のエルサレムでのスピーチを思い出した。

 

blog.tatsuru.com

 

話は変わるが、最近本を読む気が起きない。まあこんなことはよくあることだが、これが来るたびに『おれこのまま全然読まんようになるんちゃうか?』と思ってしまう。いわゆる積読本がいっぱいあるのに、YouTubeを見たり、ネットサーフィンをしたりしてしまう。「夜は短し歩けよ乙女」の予告動画をひたすらに見る。

 


『夜は短し歩けよ乙女』 90秒予告

 

アジカンの「荒野を歩け」、いい。ゴールデンウィークは持て余した夜の時間、この曲を聴きながら徘徊でもしたいな。それにしても主人公の声がめっちゃ星野源のまんま。ミニオンの鶴瓶ぐらい本人のまんま。

 

最近本を読んでいないと書いたが、小説は読んでいないけれど、漫画のほうは読んでいて、今は「それでも町は廻っている」を読み直している。それ町はフルネームで呼ぶとき「それでも町は廻ってる」と毎回"い"を抜きそうになる。まあそんなことはどうでもいい。この漫画は何回読み直してもいい。最高。2巻に載っている「ナイトウォーカー」という、主人公の歩鳥とその弟のタケルが夜の商店街を散歩する話を読んで、余計に夜に徘徊したい気持ちが芽生える。

 

それでも町は廻っている 2 (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている 2 (ヤングキングコミックス)

 

  

というか、それ町にはなんとなくそういう気持ちが誘発されるような話が多い気がする。外に出たくなるというか、友だちに会いたくなるというか。そして、夜の商店街ということで、台風クラブの「相棒」のPVを思い出し聴きたくなる。

 


台風クラブ/相棒

 

あかん、最高や。イントロのギターでもうやられてしまう。台風クラブは歌詞が良すぎてダメだ。普通に仕事を辞めたくなる。何者かになりたいけれど、何者にもなりたくないといったよく分からない感情になる。そしてこの曲を聴いて、より夜の散歩に出たい気持ちに拍車がかかる。夜桜を見に行って本当は夜桜を愛でたいのではなくて、夜に外に出る口実が欲しいだけであったことに気がついた。そもそも桜は昼の日光の下で見たほうが綺麗であった。

 

www.gissha.com

 

多分、なにかしたいけど暇だという持て余した思いが、わたしを夜の散歩へと誘っているのだろう。今なら夜のコンビニ前にたむろしていたヤンキーたちの気持ちが分かる。中学生のころは全く分からなかったが。やつらはわたしよりも数歩先を進んでいた大人であったのではないだろうか。こんなことを何回もこのブログで書いてしまう。

 

なんにせよ、夜の散歩に行きたくなるような音楽やら小説やらといった作品をゴールデンウィークは探そうと思います。ゴールデンウィークまで残り一週間、早く過ぎてしまえ。

桜は昼に見たほうがいいのかもしれない

この前、NHK BSプレミアムの「ニッポン印象派」を見てからというもの、夜桜を見に行きたくなった。

 

www.gissha.com

 

ということで、土曜日に京都の二条城へ夜桜を見に行ってきました。二条城では今、桜まつりなるものが催されており、夜の6時から9時までの間、夜間の観覧が出来るようになっている。

 

nijo-jocastle.city.kyoto.lg.jp

 

二条城、一体誰のお城か存じ上げませぬが、夜にお邪魔しようではないか。とはいえ土曜日は大変お日柄もよく、お昼から京都を観光しようと考えていた。ところが、一緒に行こうと言っていた友人が前日に中々の残業をかましており、寝たいということで夕方からのスタートとなった。

 

夕方4時半ぐらいに京都駅に集合したものの、二条城の夜間観覧開始時刻の6時には大分早い。ということで京都駅にあるイノダコーヒーへ行く。本当は高田渡の「コーヒーブルース」の歌詞に出てくる三条堺町のイノダコーヒーに行きたかったけれど、今回は京都駅のイノダコーヒーへ。おなかが空いていたのでハムトーストとアイスカフェオレを注文する。ハムトーストに塩が付いてきたのだけれど、ハムトーストに塩を振るという行為にあまりピンと来ず、そのまま食べました。普通に美味しかったです。ときにイノダコーヒーのハムサラダって1300円もするんやね。ハム三枚にサラダで1300円って高くないか?と友達とびっくりした。ハム三枚やで?いや、いいとこのハムを使ってるんかもしれんけど。そんなに美味しいのだろうか。友人に守銭奴と呼ばれているわたしは、しばらく注文できそうにないです。

 

blogs.yahoo.co.jp

 

「6時に二条城に着いても、まだ日が明るくて夜桜が見れんのちゃう?」ということで、結構な時間イノダコーヒーでダラダラした後、市営地下鉄に乗って二条城前駅に6時45分ぐらいに到着。駅から出てすぐのところに二条城があるのだが、行ってみるとものすごい行列が。みんな夜桜を見に来てんのね。チケットを購入するために並び、最後尾の案内プレートをもっている学生アルバイトらしき男の子にどのくらい並べばいいのかと聞いてみると、「だいたい1時間ぐらいはかかります。」とのこと。それを聞いていたわたしたちの後ろのカップルの彼氏が「どうする?別のところに行く?八坂のほうに行ってみる?」と彼女に聞いていた。これがもし付き合ったばかりであったり付き合う前の状況であったら、割と気を遣う場面だよなあと思っちゃいました。なんかこういうときって、男の決断力が試される気がして緊張するよね。なんか引っ張っていかなアカンみたいなこと、考えちゃうよね。後ろのカップルはどうやら二条城の夜桜は諦めたようでどこかへ行ってしまった。彼女の機嫌が悪くならないことを祈る。頑張れ彼氏。一方、我々はファミレスで2、3時間駄弁るなどザラにあり、1時間ぐらい余裕で待てるやろということで、そのまま並ぶことにした。整列を促すバイトの子は、疲れが一度ピークに達したのか、変なテンションで整列をかけていて面白かった。列を乱す観光客に容赦なく注意していて大変頼れる男といった具合であった。

 

行列に並んで20分ぐらいすると、なにやらQRコードのプレートをもった新たなバイトの子が現れ、なにか言っている。よくよく聞いてみると、二条城のホームページで電子チケットを販売しており、そちらを買うとわざわざ並ばなくてもすぐに入れるとのこと。いや結構重要やん、その情報。なんでもっと大々的にアピールせんのよ。最後尾のバイトの子とか、変なテンションのバイトの子も、そういう情報を伝達するようにしたほうがいいんちゃう?まあなんにせよ、これから行こうと思っている人は電子チケットがオススメです。

 

www.asoview.com

 

わたしたちは速攻でこの電子チケットを購入し、列を抜けて入場した。電子チケットを買うとQRコードをゲットでき、それを入場口で見せると案内の人が読み込んでくれてスッと中に入ることができた。でも周りの人をみてみると、あんまりみんな電子チケットを買っていない。せっかく案内してくれているのに。いざ電子チケットを買って列を抜けて入れなかったらどうしようと思っちゃったんだろうか。まあ多少不安になる気持ちはわかるけど。

 

そしていざ入門。いきなり二条城に桜の映像を投影するプロジェクトマッピングのコーナーが。綺麗。大阪城でもこんなんやってたなあ。今どきの城はプロジェクトマッピングされる運命にあるのだろうか。

 

その後も城の敷地の中を回って夜桜を見る。なんか全体的に7分咲きぐらいで、少し物足りなかった。それに加えて、ライトアップの光の色がオレンジのものなどがあり、あんまり桜っぽく見えない。友達と「これは普通に昼間に来たほうが良かったんちゃう?」と、元も子もない結論に至ってしまった。夜桜はお金を払ってわざわざ見に来るものではなく、川沿いとかに咲いているものを散歩しながら見るのがいいのかもしれない。とはいえ、一応写真には収めようとスマホで夜桜を撮影したのだが、全然綺麗に撮れなかった。

 

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スマホよ、早く夜景に対応してくれ。全く綺麗に撮れなかったので、その場で夜景カメラなるアプリをダウンロードしてみた。なんでも写真を100枚連続で撮影し、その100枚を合成することで、疑似的に長時間露光したような状態を再現するといった仕組みのようだ。ただこれを使ってみたところであんまり綺麗じゃない。さらにはこのアプリで2回撮影しただけで、充電が50%から0%になってしまった。ガッデム。その後の桜の写真は撮影できずに終わってしまった。まあ、肉眼で見ることに集中できたとポジティブに考えよう。いいカメラが欲しい。

 

池に映し出された建物と夜桜の風景がめちゃくちゃ綺麗だったのが一番印象に残った。これが明鏡止水というものか。

 

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肉眼で見るともっと綺麗でした。

 

なんだかんだで楽しめた二条城の夜間観覧。京都駅に戻ってラーメンを食べて解散した。友達と別れて家に帰る道すがら、TOKIOの「花唄」と小沢健二の「流星ビバップ」を聴いた。TOKIOの「花唄」、めちゃくちゃ名曲だと思います。なんか切なくなります。小沢健二の「流星ビバップ」は、歌詞が好きだ。それに歌詞を詰め込んだように歌う感じも。

 

薫る風を切って公園を通る

汗をかき春の土を踏む

 

この部分の歌詞を思い出してベタに聴きたくなったのです。まだ夜は少し肌寒くて、汗をかくほど暖かくはないけれど。どちらかといえば、2番の歌詞が好きで、その中でも特に 

 

時は流れ傷は消えていく

それがイライラともどかしく

忘れてた誤ちが 

大人になり口を開ける時

流れ星探すことにしよう

もう子供じゃないならね

 

の部分がめちゃくちゃ好きだ。なんて切ないんだろう。この前の記事にも書いた「ぼくらが旅に出る理由」もいいけれど、「流星ビバップ」が一番オザケンの曲の中で好きかもしれない。というかアルバム「刹那」が良すぎる。

 

刹那

刹那

 

 

一応ベストアルバムという体ではあるようだが、このアルバムが発売されたころ、わたしはまだ幼かったからあんまりベストアルバムという印象をもてていない。普通のアルバムとして聴いている感覚。まあ、とはいえベストアルバムだから全曲いいし、最後の「流星ビバップ」のインストver.が、映画のエンドロールのような感じを醸し出していて、なんだかアルバムが綺麗にまとまって終わるような印象を受ける。とにかく最高である。そしてオザケンはつい先日、Twitterを開設したとのことで話題になっている。いきなりオザケン節の炸裂したツイートをしていてなんだか嬉しくなった。早く暖かくなって「流星ビバップ」をこれでもかというぐらい聴きながら散歩したい。

ピンク色の桜は陽光桜

今日、お昼ごはんを買いに行く途中の道で、めちゃくちゃ綺麗な桜が咲いていたのに気がついた。今年初めて目にした桜かもしれない。

 

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こちらの桜は神代曙(じんだいあけぼの)という品種のようだ。そしてその隣には、もう一本桜の木が植えられていた。

 

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こちらは陽光(ようこう)という品種。神代曙と比較して、陽光は花の色がピンクで目立っていた。わたしは分りやすくピンク色の強い陽光のほうが好きだなと思った。とはいえ神代曙のほうも、それはそれで鮮やかであった。少し風が吹いて、この2本の桜から花が散っていく様子がとても綺麗であったのと同時に、桜の花ってこんな弱い風でもすぐに散ってしまうんだなと感じた。そりゃあ道理で桜の季節は短いわなと、一人納得してしまった。

 

それにしても、この陽光のようなピンク色の桜ってあんまり見たことがないかもしれない。なんとなく絵を描いたりするときには桜の花をピンク色に塗ったりするけれど、実際に目にする桜の多くは、白色の花をもっているように思う。調べてみると、神代曙でも桜の中では花のピンク色は強いほうであるらしいが、それでもやっぱり、どちらかというと花の色は白色に寄っているような印象を持つ。それは隣に陽光が並んでいたせいかもしれないが。まあなんにせよ、この2本の桜の木はとても色鮮やかで、わたし以外にも通りすがりに立ち止まって写真を撮っている人の姿を目にした。

 

この桜の木を見た後、ベタに細野晴臣の「恋は桃色」を聴きたくなって、ポケットからウォークマンを取り出した。

 

 

この曲の桃色は、どちらかといえば神代曙ぐらいの淡い桃色のような気がする。サニーデイサービスがカバーしたバージョンも好きだ。

 

 

最近、細野さんは、この「恋は桃色」が収録されているアルバム「HOSONO HOUSE」を新録した「HOCHONO HOUSE」をリリースした。ホチョノハウス。なんかかわいいな。ただ正直にいうと、「恋は桃色」は好きではあるが、「HOSONO HOUSE」自体はそれほど頻繁には聴かない。そのため、「HOCHONO HOUSE」もまだ聴いていません。どちらかといえばトロピカル3部作と呼ばれる作品群のほうが、わたしは好きだ。とはいえ、この機会に聴きなおしてみれば新たな発見などもあり、好きになるかもしれないなと思った。聴いてみよう。

 

買い物帰りに駅を通ると、スーツや振袖を着た人の姿を目にした。そういえば明日は4月1日。大学の入学式や、会社の入社式などがあるんだろう。でも、なんで明日じゃなくて、今日スーツや振袖を着ていたんだろう。入学式や入社式を今日行っているところもあるんだろうか。それともそれ以外でなにかあるのか。そして、そんな行事とはもうあまり関係がなくなってしまったことを少し寂しく思った。けれども実際は入学式や入社式ってめんどくさいだけやったなと思い、そんなものがもう二度とないと思うとそれはそれで身軽な気持ちになった。

 

そして買い物の行きのときに、交通局っぽい人たちが道路の真ん中に糸を引いて細い線を書いていた。何をしているんだろうと思いながら、そのままお昼ご飯を買いに行き、帰りにその道を通ると、あっという間に綺麗に車線が塗りなおされていた。

 

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なるほど。あの糸を引っ張っていたのは、まっすぐに車線を道路に引くための下書きやってんな。それにしても、買い物に行っている間の、ものの30分ぐらいで引けるもんなんや。実際に引いている瞬間を見逃してしまったことが、なにかもったいないような気がしてきた。あんまり目にする機会でもなさそうだし、ちょっとだけ見てみたかった気がする。いや、そんなでもない気がする。そんなでもないな。

 

明日から新年度を迎えるということで、色んな所で色んなものが綺麗になったりしているんだろうか。中学生や高校生はクラス替えを思って、ワクワクしたり不安になったりしているんだろうか。まあ、わたしはいつも通りの生活が続くだけですけれども。

夜桜に誘われて春の宵の散歩に出かけよう(ニッポン印象派「東京 春の宵」)

NHKのBSプレミアムで放送されていた番組、ニッポン印象派の「東京 春の宵」が素晴らしかった。

 

www4.nhk.or.jp

 

番組冒頭、中国の詩人である蘇東坡の残した詩の一節「春宵一刻値千金」が紹介されていた。春の宵のひとときは素晴らしく、どんな千金にも代えがたいということを意味するこの言葉。その言葉の通り、美しい東京の春の宵の風景を、その風景にあった俳句を織り交ぜながら紹介するという番組の内容。紫色にライトアップされたスカイツリーや向島百花園の梅の花、浅草の伝法院にある枝垂れ桜に、隅田川や目黒川の桜などなど。なんといっても映像が高画質で綺麗すぎる。見ていると、春の夜の桜の妖しさに魅了され、外に出かけたくなってくる。

 

そして、春の夕方から夜にかけての移り変わりを表す俳句の言葉たち。少しずつ日が長くなってきた春の夕べを詠った次の俳句、

 

何として春の夕をまぎらさん

正岡子規

 

がとても気に入った。冬に比べて春には夕べが明るくなり、一日が長くなったように感じる。しかし、そんなせっかくの時間を手持ち無沙汰になり持て余してしまう。春の夕べをうまく過ごすには、どのようにすればよいのだろうと悩んでしまう。ただ、そんな風にして悩みながら過ごすその時間自体が、とても贅沢なひとときのように思える。

 

小石川植物園のたくさんの桜の木も壮観だ。

 

www.bg.s.u-tokyo.ac.jp

 

桜の花がスローモーションで散っていく映像に合わせて、

 

目つむれば若き我あり春の宵

高浜虚子

 

なんていう俳句を詠まれれば、誰だって否が応にも感傷的になってしまうのではないだろうか。小石川植物園の映像で柴田聡子の「芝の青さ」を思い出し、より感傷的になる。

 


柴田聡子/芝の青さPV

 

柴田聡子の新作は、すっかり垢抜けていてすごくポップで良かったけれど、このころも好きです。

 

梅や桜などの植物ばかりでなく、東京の夜の街並みも美しい。夜、東京のビルの上にポツンと浮かぶ満月。その満月を詠った

 

春の月 慈母のごとくに 翳りなし

塩崎晩紅里

 

という俳句。月の明かりはなぜこんなにも優しく見えるのだろうか。月は女性の象徴とされることがあり、この慈母のごとくという表現もなぜか自然と受け入れられる。実際、女性の生理的なリズムは月のリズムと一体となっていると聞いたことがある。それにしてもこの番組の映像、本当に心が癒される。東京タワーの骨格の隙間から見えるゆっくりと上昇していくエレベーターの姿が、なぜかわたしの心に刺さった。

 

 

寒さが和らぎ夜が過ごしやすくなってくると、散歩に出かけたくなるね。最寄駅のひとつ前の駅は、そこで降りても全然家まで歩ける距離にあるから、あえてその駅で降りることがよくある。そして、歩きながら音楽を聴くのがいい。今は自転車通勤だから音楽を聴きながらといったことはできないけれど、大学生のころは電車通学であり、電車の中で駅から家までの道すがらに聴くプレイリストを作成するのが楽しかった。振り返ってみれば、あれは結構な至福の時間だったような気がする。よく流していたのはこんな曲たちだった。

 

 

万葉の夜に

万葉の夜に

  • スムルース
  • ロック
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

 

 

 

特にリズムステップループスによるtofubeatsの「水星」I'm at ホテルオークラ_MIXはめちゃくちゃ聴いた。正直、原曲よりも好きだ。何よりジャケットがいい。神戸のハーバーランドにあるホテルオークラの写真。tofubeatsの出身地が神戸であり、原曲の「水星」のロケ地も神戸であることから、この写真が選ばれたんだろう。神戸によく通っていた人には、このジャケットにグッとくるものがあるでしょうよ。曲自体は、竹内まりやの「plastic love」を引用してリミックスされており、このリミックスはセンス抜群ではないでしょうか。そしてこの竹内まりやの「plastic love」は今、海外で人気となっている。

 

block.fm

 

近年流行したVaporwaveやFuture Funkなどによって日本のシティポップが海外で発掘されている影響を受けてのようだ。

 

www.gissha.com

 

そして、巡り巡って「水星」の本家であるtofubeatsが、竹内まりやの「plastic love」をカバーするといったなんとも面白いことになっている。

 

花見なんてこれまでしたこともないけれど、仲のいい友達と規模は小さくてもいいから夜桜を見ながら話すのもいいかもなあと、この番組を見て思った。そして帰り道には、花見の余韻を味わいながら音楽を聴きながら歩いて帰るのもいいんじゃないでしょうか。

川沿いの土手を自転車で走るのが心地よくなってきた今日この頃

今さら存在を知ったバンド、1983(イチキュウハチサン)のこの曲が良すぎる。

 


1983『サマーミラージュ』 (OFFICIAL MUSIC VIDEO)

 

 

出だしの歌詞の

 

川を渡る陸橋を走るブルートレイン

Slow Step Coming

 

の部分が恐ろしいほど自然にスルッと入ってくる。なんていう聴き心地の良さと映像が浮かぶ歌詞。トランペットやフルート、シンセサイザーの音色が心地よい。わたしは会社への通勤手段として自転車を使っているのだが、いつも川の土手を走って会社へと向かう。その途中でまさにこの歌詞のように、電車の色こそブルートレインではなく赤色や黄色ではあるが、川にかかった橋の上を電車が走る地点があるのだ。最近はこの地点の踏切を渡るときは、この曲が頭の中で流れて仕方がない。そして、それは少しづつ暖かくなってきた気候のせいもあるだろう。この曲のタイトルは「サマーミラージュ」であり、夏の曲ではあるが、個人的に春の入り口でもドンピシャで聴ける。実際、最近は川の土手を走っていると、草いきれとまでは言わないが草のにおいがするようになってきて、いよいよ春到来といった感じでワクワクする。この曲を口ずさみながら自転車を漕いでいると、口にちっちゃい虫が入りそうになることもある。ちょっと前までは草のにおいもしないし、虫もいなかったのに、春の生命力を徐々に感じるようになってきた。たとえ天気予報の気温が低くても、日差しの中にいれば暖かさを感じるいい季節。会社から早く帰ってきてすぐにお風呂に入り、お風呂から上がってもまだ空の色が明るい感じも好きだ。そして、通勤で走っている川では、早朝から60代くらいのおっちゃんがトランペットを練習しており、おそらく始めたばかりといった感じだ。齢を取っていても新しいことを始められる行動力に対して、純粋に尊敬の念を抱く。ただ、けっこう長い間「プァーーー」という単音で吹いている様子しか目にしておらず、いつになったら曲を、メロディを演奏しだすのだろうと気になっている。

 

 

このバンド1983、名前の由来がベースの方が1983年生まれだからという力の抜けた感じ。

 

www.the1983band.com

 

この、あんまりガツガツ売れようと力の入っていないバンド名も個人的に好きです。YouTubeでも「1983 バンド」と打たないとヒットしません。でもそこがいいのです。そしてボーカルの関さんの声が特徴的であり、ぶっちゃけキリンジが頭をよぎってしまう。と思っていたら関さんの声は「キリンジの三男坊」と称されているようで、やっぱりねという感じだ。ただまあキリンジ自体、兄弟の声がそこまで似ているわけではなく、関さんの声は弟の方に似ているわけで、声質でいうとお兄ちゃんがちょっとはみ出してしまっている。お兄ちゃんと弟は実の兄弟なのに、声質でいえば弟と関さんが実の兄弟みたいになっちゃってる。まあ、細かいことはいい。そして、今年の5/15にはサードアルバムの「渚にきこえて(Passes on the Other Ocean)」が発売されるとのことだ。

 


1983 『文化の日』 (Official Music Video)

 

この「文化の日」と上に挙げた「サマーミラージュ」がすごい良かったので、この2曲が収録されているセカンドアルバム「golden hour」を速攻買ってしまった。楽天でなぜか半額でお買い得であった。

 

 

そして話は変わるが、芸人のかが屋の単体のチャンネルがYouTubeに開設されてとても嬉しい。昨日もウッチャンがMCをしているネタ番組の「にちようチャップリン」に出ており、確実に目にする機会が増えていっている気がする。昨日は年末のあらびき団でも披露していた年金のネタをしていて、相変わらず面白かった。かが屋のネタはスケールが小さくて突飛じゃないのがいい。友達とのいざこざや、電車や喫茶店でのちょっとした出来事など、ネタをみると面白いけどなぜか優しい気持ちにもなれる。基本的にライブは関東で行っているようで、観に行けそうにないのが残念だ。個人的に事務所は違うがロングコートダディあたりと関西でツーマンライブをやってほしい。そうしたら絶対に観に行くのに。調べてみると、かが屋の所属するマセキ芸能社の芸人は関東の吉本の劇場での公演にちょくちょく出ているようだ。でもやっぱり関西では全然出ていない。かが屋、いつか関西に来てくれ、生でネタを観てみたい。

 

卒業ソングの良さは卒業して時間がたってから気づく

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毎朝の通勤経路でよく目にしていた男子高校生の姿を、最近めっきり見かけなくなった。春休みにはまだ早い時期だから、彼は高校3年生で卒業してしまったのだろうか。高校の卒業式はだいたい3月の1、2週目だった気がするから、卒業なら合点がいく。

 

わたしは卒業式では全く泣かないタイプであり、特に感動もしなかった。めちゃくちゃ泣いてる友達とかを見ても、『別に一生の別れでもないし、また会おうと思ったら会えるしなあ』と思っていた。でも今なら、卒業することの寂しさは卒業して時間が経ってからやってくるということを知っている。もう戻れないという事実を噛み締めたころに寂しさはやってくる。部活中に今週のジャンプの話をしたり、テストの点数を競ってジュースを賭けたり、後ろの黒板に先生の似顔絵を描いて笑ったりする時間はもう二度とやってこない。渡り廊下を歩くことなんてもうないんだろうな。まあ、そんなことを思うようになると、今まで分からなかった卒業ソングの良さも分かるようになってくる。ちなみに、わたしがここでいう卒業ソングとは合唱曲のことである。

 

例えば「仰げば尊し」。

 

 

実際に卒業式で歌うことはなかったが、今この曲を聴くと良いなと思う。果たしてこの曲で歌われているような師に出会えたかどうかは難しいところだが。ただ、この曲の歌詞は少し難解である。特に2番の「やよ」とは一体どういう意味だろう。

 

www.dwc.doshisha.ac.jp

 

このサイトによると「やよ」は呼びかけの言葉であり特に意味はないようだ。ただ後ろに続く言葉を強調するような効果があるらしい。だから、2番の歌詞の「やよ忘るな」は「忘れるな!」という風になる。

 

「今日の日はさようなら」も今聴くとなかなか胸に迫るものがある。

 

 

この曲が森山良子の楽曲であるとは知らなかった。そして直太朗は同じ曲名で全く異なった曲を出している。いつまでも絶えることなく友達でいることの難しさは歳を重ねないと分からない。冒頭にも書いたように、卒業式の時点では自分は友達といつでもまた会えると思っていた。ただ、高校を卒業して時間が経つと、あの頃仲の良かった友達とは気づけばあまり会わなくなっている。普段生活しているときはこの事実を意識することはないが、ある夜にふと『そういえばあの子どうしてるだろう』と思うことがある。そして、『あの子はいいヤツだったなあ』と思い出し、彼には本当に幸せな人生を送っていてほしいとか考えたりする。

 

卒業した後と次の環境に移るまでの期間。特に小学生から中学生の間は何にも考えてなかった気がする。特にこだわりのない髪型をして制服を着ている自分の写真を母親がケータイで撮っていた。ネクタイは中学に入学するときに初めて巻いた。あの頃は、春も夏も秋も冬も気温の変化以外の違いは意味していなかった。別に春は出会いと別れの季節とは思っていなかったし、夏は暑いだけで少年時代を思い出すキッカケの季節でもなかった。まあそりゃそうか。秋なんかどうでもよかったし、冬は別に人肌恋しくもなんともない。ただ持久走が嫌なだけの季節。海を見に行きたいとも思わなかった。別れた誰かのことを思い出すこともなかった。雨の日に必要以上に気持ちが沈むこともなかった。ただ部活の筋トレが嫌だなあと思うだけだった。夜に何となく散歩したくなることもなかった。手足に重りをつけて日中過ごしていれば外した時に強くなれると思っていた。月が綺麗な日があるなんて気にすることもなかった。ジャンプを読めばちゃんと面白かったし、赤マルジャンプが合併号の穴埋めなことも知らなかった。アルバム1枚で捨て曲がない名盤をひたすら探していた。

 

本当に何度も思うことだが、日常の素晴らしさや芸術の良さが分かるようになるということは、代わりになにかを失っているような気がして仕方がない。神社仏閣の良さが分かり出したら大人。季節の変化を気にしだしたら大人。スポーツをすることより観ることが多くなったら大人。卒業ソングの良さが分かりだしたら大人。なんか落ち着いてきたなあ。

 

そして大学を卒業して、もう人生において卒業することは無いんだなと思う。

 

卒業は遠ざかること プレパラートに頭を寄せ合えるこの夜からも

永田紅

 

あんなに早く抜け出したかった研究室生活も、今じゃ懐かしく思えるのは、教授の文句を言いながら一緒に過ごした友人たちのおかげだろう。

 

でもこうやって振り返ってみると、思い出補正がかかり過ぎている気もする。あの頃は本当に今思っているほど楽しかったのだろうか。あの頃考えていたこと、もっとちゃんと日記とかに書いて残しておいたら良かったと今になって思う。