牛車で往く

日記や漫画・音楽などについて書いていきます 電車に乗ってるときなどの暇つぶしにでも読んでください

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がんばれゴエモンのサントラにえげつない値段が付けられてる


【作業用BGM】雀龍門3

 

爪弾かれる琴の音色に導かれて、わたしの心は行ったことのないはずの透明な夜の中国の街を彷徨う…なんて書いてみたくなるほど、雀龍門3のBGMは素晴らしい。そんな架空のオレンジ色の提灯ぶら下がる街並みが思い浮かぶのと同時に、雀龍門3で遊んでいた大学時代にも心がトリップする。ルールもよく覚えないまま、リーチやらポンやらチーやらと光るボタンを何となく押して何となく遊んでいた麻雀。結局そのままルールも役も碌に覚えられなかったし、捨牌も全く読めなかったし、今じゃあ全く打つことなんてないけれど、なぜかあのころはめちゃくちゃ面白かった。

 

しかし、実際に集まって打つ、言わばリアル麻雀はわたしにはあまりしっくりこなかった。二限目が穴あきになった大学生のある日、大学構内にあるフリースペースのようなところで同じ学科の友達8人くらいで集まって麻雀をしようとなった。机の上に緑色のマットを引き、その上でジャラジャラと軽い音を立てながら牌をかき混ぜる。牌を積むのにまだ慣れていないわたしは、横に並べた17枚の牌を必要以上に力が入った状態で落とさないように慎重にゆっくりと持ち上げて積み上げる。ほんじゃあ半荘でやろかといざ始まったはいいが、これはネット麻雀とは違ってリアル。雀龍門3では聴牌になると教えてくれる音声のアシストキャラのようなものいたが、現実では誰もわたしに手を差し伸べてはくれない。ぶっちゃけ何がなんだかよく分からない。わたしが知っている役なんて、ピンフにタンヤオ、チートイツ、そして白・發・中に東西南北の役牌ぐらいであったから、全然上がることができない。そんな感じで何となくで打っている中、ふと顔をあげて窓の向こうの空を眺めると、とても青く気持ちの良い晴れであった。『なんでおれはこんなにも天気のいい日に、室内で遊んでるんやろう。ああ、キャッチボールがしてぇ…』と思ってしまったが最後、途端に目の前の麻雀が面白くなくなってきて、半荘が終わったころには、わたしと同じく退屈を覚えてそうな友人を数名誘って、グローブとボールを抱えて近くの公園にそそくさと逃げ出した。こんな風にしてルールを覚えて面白いと思えるようになる前に、わたしは麻雀を早々と諦めてしまったのだった。どうやらわたしにはドンジャラ程度がお似合いのようだ。そして、キャッチボールはめちゃくちゃ楽しかったです。キャッチボールは外で体を動かすことの中でもレベル1ぐらいのお手軽さで、ボールを投げては捕るだけで運動した気になれるので大学時代はめちゃくちゃやりました。たまに高校のころ野球部だった友達が垣間見せるちょっとした速球に身体が強張ったりもしながら。そう思うと、160キロの球を投げる大谷翔平もすごいけど、それを捕るほうもすごいわ。そして、それを打ち返すやつらも。

 

ただまあ、麻雀用語ってめちゃくちゃ魅力的やからね。対面(トイメン)とかチョンボとか覚えたらすぐに使いたくなったもんよ。「鳴きの○○」とかいうあだ名のやつは、世の中に一体どれだけいるんだというくらい付けられがちなあだ名。多分、大学一回生に向かって適当に石を投げれば、高確率で麻雀知りたてウキウキビギナーに当たるであろう。その中で数年後も麻雀を続けている人がどれだけいるのかが気になるところ。

 

それにしても自分がゲームのBGMを聴くようになるとは。中学生のころの友人にクロノトリガーのサントラをめちゃくちゃ聴いていたやつがおったけど、ゲームのBGMを聴くなんて渋すぎるやろと思っていた。ゲームっちゅうもんはプレイしてなんぼのもんで、音楽なんてなんでもいいし、なんなら途中で挟まれるムービーもスタートボタン連打で即スキップするもんやでぇ、なんて思っておりました。おかげでキングダムハーツ2ではムービーをスキップしまくって、次にどこに行って何をすればいいのか、よく分からなくなったもんでした*1。最近ではポケモン金銀のエンジュタウンの曲を聴いてしまいます。

 


作業用BGM ポケモン 金銀 エンジュシティ

 

改めて聴くと、こんなに落ち着くいい曲だったんだね。

 

話は戻るが、雀龍門3のBGみたいな中国っぽい曲ってなんだかいい。まあ中国っぽいと一口に言っても、二胡とか楊琴とかを弾いてる感じのやつとか、はたまた「テケテケテンテン、テンテンテーン」みたいなやつとかあるけどね。こっちが二胡とか楊琴とかを弾いてる感じのやつ。

 


茉莉花-----<蕾蕾楊琴>

 

茉莉花と書いてジャスミンと読む。ジャスミンと言えば、東京に進出する前の千鳥が「今ちゃんの『実は…』」で連発していた「う~ん、ジャスミンっ!」を思い出す。そして「テケテケテンテン、テンテンテーン」みたいなやつはこちらのサイトで説明されているようなもの。

 

dailynewsagency.com

 

個人的には、もう何度も言っている気がするが、後者の方に該当するらんま1/2の「ド・ン・マ・イ来々少年」が最強のポップソングと思ってまして、イントロの中華感から最後まで最高である。こんな感じの曲ばっかりを歌うグループだったり、こんな感じの曲ばっかりのコンセプトアルバムを作る人たちが出てきてくれないもんかと待ち望んでおります。ただ、待つばかりでは人生、前に進まないので色々探していると、「ド・ン・マ・イ来々少年」っぽい曲ではないけれど、中華風かつ、もろにらんまを意識した曲を作っているバンドに出会った。

 


浪漫革命『愛は1/2』Official MV

 

浪漫革命の「愛は1/2」。タイトルからしてすでにらんま。MVの走っているシーンは、らんまのオープニング曲「じゃじゃ馬にさせないで」のオマージュ。聴いてたら中華料理が食べたくなってきます。カシューナッツが入ってるなにかしらの炒め物を食べてえ。円卓をみんなで囲んでわいわい料理を取り合いてえ。油ぎった中華料理を青島ビールで胃に流し込みてえ。

 

その他にもゲームBGMで中華感のあったものとしては、がんばれゴエモンシリーズが思い浮かぶ。けれどもあれはどちらかと言えば中華というよりは和であろうか。ニンテンドー64のゲームにサントラなんてあるんだろうかと調べてみたところ、なんとAmazonで、がんばれゴエモン「でろでろ道中おばけてんこ盛り」のほうはおよそ100,000円、「ネオ桃山幕府のおどり」のほうはおよそ60,000円もの値段が付いているではないか。

 

 

 

しかもレビューを読んだところ、海賊版まで出回っている始末。 凄まじいな・・・。自分が子どものころにその価値を見いだせていなかったものに、今になってえげつない値段が付けられているのを目の当たりにすると、ギャップでクラクラしてしまう。おいおい、ってことはよ!自分が初めて買ったピカチュウのシールが付いていた「めざせポケモンマスター」の8cmのCDも、今やえげつないプレミアム価格が付けられているじゃないかと思い調べてみたところ、中古で200円ちょいであった。はい。おそらくポケモンのこのCDは売れすぎてて、世の中に結構流通している。希少価値が出るためには、程よく人気があって、けれどそんなに売れすぎてはなくて、世の中にあんまり出回っていないという絶妙な条件がそろっていなければならないことが分かった。よーく考えたら普通のことではあるが、身をもって体感いたしました。思い出はプライスレス、そういうよくあるオチしか今は思いつきません。

 

*1:ひとつ前の最初のキングダムハーツではスキップできなかった記憶があります。

中学生でもあるまいし『この曲サビないやん』とかはもう思わない(クレイジーケンバンド「ガールフレンド」)

家にいる時間が多くなると自然とネットサーフィンにかける時間も増えてしまい、その結果、ずっと欲しかった本などをポチポチと購入してしまいました。

 

いつものはなし

いつものはなし

 

 

「不思議というには地味な話」が新版として復活したため、こちらも絶版のところを復刊してくれないもんかと待っていましたが、ついに堪えきれずに買ってしまいました。近藤聡乃の描く線の柔らかさが好きすぎて、肘とか親指の付け根の膨らんでるところとかの描き方を眺めているとたまらない気持ちになってきます。この本に収録されている話には、昔のことを不意に思い出したけれど、その思い出したことは果たして本当に記憶通りだったっけ?といったものが多い。

 

思い出してはみたものの、本当のことかわかりません

楽しかったはずなのに、なんだかとてもあいまいです

いつもいつも私はこんなことばかりしている気がします

 

昔懐かしい夢を見たけれど、その日の午後にはそれがどんな内容だったのかを忘れてしまい、思い出そうとしても全く出てこない。そして、そんな忘れてしまった夢を思い出そうとしたことそれ自体も次の日には忘れてしまっている。でも、そんな風にして忘れてしまうのはなにも夢ばかりではなくて、現実の出来事だって同じなのかもしれない。この本にはそのようななんとも言えない独特の浮遊感がある。わたしゃあ最近、高校時代のことを思い出していると、そこに大学生になってからの友達がいたような気がしてくることがちょいちょい増えてきた。その度に、学校の友達全員が今までの仲の良い友達であるオールスター版の高校生活を過ごしてみたいと思ってしまう。手塚治虫ばりのスターシステム。絶対に楽しいはず...はず...はず...

 

新装版 茄子 上 (アフタヌーンKC)

新装版 茄子 上 (アフタヌーンKC)

  • 作者:黒田 硫黄
  • 発売日: 2009/01/23
  • メディア: コミック
 

 

新装版 茄子 下 (アフタヌーンKC)

新装版 茄子 下 (アフタヌーンKC)

  • 作者:黒田 硫黄
  • 発売日: 2009/02/23
  • メディア: コミック
 

 

黒田硫黄の「茄子」は宇多川八寸さんのnoteを見て知った。

 

note.com

 

こちらの漫画も絶版しており、コロナ禍以前にあちこち古本屋を巡って探したのだが、そもそも黒田硫黄の漫画が古本屋には全然置かれていなかった。あったとしてもアップルシードぐらいだった。ほんで京都国際マンガミュージアムの所蔵を調べてみたところ、どうやらここにはあるぞとなった矢先、コロナ禍で営業休止(今はやってます。)。っていうことで買ってしまいました。この漫画は何かストーリーがあるといったものではなく、生きている時間そのものを描いていて、読んでいると湿気みたいなものがすごく感じられる。そして、結構読むのに疲れました。でもこの疲れたっていうのは、一般的にマイナスの意味に捉えられるかもしれないけれど、決してそうではなくて、普通のストーリーのある漫画じゃあ省かれるような部分もいちいち描いてくれているからこそ抱いた印象なのだと思う。まあそれが逆に漫画にはストーリーがあるものだ、それが当たり前だと思っている人にとっては「それで何が言いたいん?」みたいに思えてきて、読んでいてストレスを感じる要因になりうるのだろうとも思います。音楽とかでも抑揚の少ない曲を聴いて『サビないやん。』とか思う人にはこの漫画は向いてないと思います。でもわたしにとっては、この漫画の、夜の台所の前に立って歯磨きをしながら独り言を言う瞬間だとか、寝る前にホテルのベッドのサイドテーブルに眼鏡を置いて目を細める瞬間だとか、そういったいちいち描いてくれている瞬間が妙によくて、自分の生きている現実世界のある瞬間にまで繋がってくるような感覚を覚えるのです。『おれの人生にもそんな瞬間たまにあるわ。』って、そう思えただけでなんであんなにも感動してしまうんでしょうね。っていうか茄子って美味しいよね。茄子自体にそんなに味はないけれど、煮びたしとかみたいにめちゃくちゃ調味料とかダシを吸うじゃないですか。そこがいいですよね。茄子の味噌炒め、簡単で美味しいので結構な頻度で作ってしまいます。

  

小説の自由 (中公文庫)

小説の自由 (中公文庫)

  • 作者:保坂和志
  • 発売日: 2012/12/19
  • メディア: Kindle版
 

 

「小説の自由」は、保坂和志が小説について考えたことを書いたシリーズのひとつ。続編の「小説の誕生」を先に読んで面白かったので買いました。面白いんだけれど、この本も読むのには体力を使うので、ちょっとずつ読んでいます。そうすると、反動としてサクッと読める本も欲しくなってきて、それには何かしら対談している本がいいなと思い、詩人の谷川俊太郎と歌人の岡野大嗣、木下龍也による連詩とその感想戦が収録された「今日は誰にも愛されたかった」を買った。

 

今日は誰にも愛されたかった(1200円+税、ナナロク社)

今日は誰にも愛されたかった(1200円+税、ナナロク社)

 

 

感想戦において谷川俊太郎が、対談の進行役を務めるナナロク社編集部の方からの、自身の作った詩に対するやや深読みをした質問に対して、否定するときはスパッと否定していたのが面白かった。ある作品に対して過剰に意味やメッセージを見出そうとするのはどうかと思うときもあるけれど、確かに自分の読み方はあっているんだろうかといったことは気になるもんなあ。そして谷川俊太郎の生み出した「詩骨(しぼね)」という言葉にグッとくる。なにかしらの出来事をなんでもストーリーに組み込んでドラマチックなオチを作り同情させるといった世間の流れに逆らって、どれだけ自分の見方、姿勢を保ち続けられるか。そんな分かりやすいように脚色されたドラマによって隠された、かき消された本当に大事な細部に気づくことができるのか。テーマは脱ストーリー、ドラマ化かもしれない。

 

ほんで夏ということで、ある日急にクレイジーケンバンドの「ガールフレンド」を思い出し、それ以来めちゃくちゃ聴いている。

 


クレイジーケンバンド / ガールフレンド

 

クレイジーケンバンドはね、歌詞のフレーズが魅力的なんです。ガールフレンドの「ってなわけでね」とか「中学生でもあっるっまいにっ!」とか。「中学生でもあっるっまいにっ!」のほうは、この曲を知ってる人相手には積極的に使っていきたいほど。

 

「中学生でもあっるっまいにっ!」、自分が中学生くらいのころに聴いていたアナログフィッシュとシャカラビッツのMVがYouTubeに上げられているのを発見して、テンションが上がった。

 


Analogfish - 夕暮れ

 


[SHAKALABBITS] "Ladybug" Full Ver. [Music Video]

 

シャカラビッツの「Ladybug」なんて、ガラケーの着うたにしておりましたから、大変懐かしい気持ちでございます。そういえばこの前、カウントダウンTVにロードオブメジャーのボーカルの人が出演していたらしいですね。こっちもめちゃくちゃ懐かしい。そんなにファンでもなかったけれど、中学ぐらいのときにベスト盤だけは聴いていました。

 

GOLDEN ROAD~BEST~

GOLDEN ROAD~BEST~

 

 

個人的に「スコール」が好きでした。

 

 

こういう風にして、懐かしい曲を一曲聴いただけで、連鎖反応的に当時よく聴いていた他の曲も聴きたくなってくる。シャカラビッツつながりで175Rの「空に唄えば」を思い出す。MDに入れてめちゃくちゃ聴いてたな。

 

 

曲の中で何回か訪れるサビの中でも、最後のサビだけハモるセンスよ。あそこにグッと来ていたもんよ。以前にも書いたことがあるけれど、小中学生のころのわたしは、曲のサビでは絶対にハモってほしい、ハモってくれななんか物足りんといった価値観をもっていた。

 

www.gissha.com

 

抑揚が少なくて分かりやすく盛り上がるところのない曲を聴いては『サビないやん。』と思ってました。くるりの「赤い電車」とかを聴いて『サビないやん。』って思っていました。それが今じゃあもう中学生でもないんで、ハモリモセズ、サビデトクニモリアガリモセズ、そういう曲の良さもわたしは分かるようになりました。曲のサビ以外の部分でも好きなところを見つけられるようになりました。少しは成長したというか、世界の捉え方の枠が広くなった気がします。

なんでもない日にスーパー銭湯に行ってざるうどんをすする(ロンリー「ぱらのいど」)

ロンリーの「ぱらのいど」という曲が良すぎて、最近はずっとこれを聴いている。

 


ロンリー - ぱらのいど @ METEO NIGHT 2014 FINAL

 

投げやりじゃないけど投げやりっぽい歌い方。「あたまを振ってさあ~」からのドラムのドゥンドゥンに合わせて、最前列の客も手と首をブンブンと振る。さらにはそこからの「ぱらのいど~」の合唱の流れが最高。この曲は歌詞にも出てくる通り、Black Sabbathの「Paranoid」にインスパイアされているのであろう。Paranoidとは偏執症患者という意味であり、偏執症とは「偏執的になり妄想がみられるが、その論理は一貫しており、行動・思考などの秩序が保たれているもの」といったもの。一般的には自身でネガティブな妄想をして、それを現実のことだと信じ込んでしまうといった症状のようだ。とはいえロンリーの「ぱらのいど」は、曲名のひらがな表記からもうかがえるように、どちらかと言えば能天気な曲調。ここで「妄想」と「空想」の言葉の意味を手近の国語辞典で調べてみると、それぞれ以下のような意味であった。

 

妄想・・・①あり得ないことをあれこれ想像すること。また、その想像。

②根拠のない判断に基づき、事実や論理によっても訂正されることのない主観的な信念をつくりあげること。また、その信念。

 

空想・・・現実をはなれて、頭の中であれこれと想像すること。また、その想像物。

 

ロンリーのこの曲、聴けば分かると思うがどちらかと言えば意味的には空想のほうである。実際、歌詞として

 

現実と空想の間に住んでる 

 

と出てくるしね。「現実と空想の間に住んでる」と聞くと、どうしても熊倉献の漫画「春と盆暗」を思い浮かべてしまう。

 

春と盆暗 (アフタヌーンコミックス)

春と盆暗 (アフタヌーンコミックス)

  • 作者:熊倉献
  • 発売日: 2017/01/23
  • メディア: Kindle版
 

 

この漫画に関しては下の記事にも書いたのだが、まあ人間だれしもが現実の世界とは別に自分だけの空想の世界をもっていて、その2つの間に住んでいることを感じさせてくれる作品。

 

www.gissha.com

 

自分以外の人間も空想の世界をもっている、ただそんな事実が分かっただけなのに、なんだか自分だけじゃないんだと安心できるようになるのはなんでなんだろうね。とはいえ、やはり閉じた世界での空想ではなく、そこに現実世界とつながるというか、現実世界にまで貫通する何かがないと空想のエネルギーも吹き溜まってしまうように思える。

 

そしてなにより、この曲の冒頭の

 

なんでもない日に 久し振りに
友達と不意に スーパー銭湯行くのだ

 

っていう瞬間が最高だってことをわたしも知っている。「行くのだ」って語尾がもうね、いいよね。分かるもん、「行くのだ」って感じ。今日はもう行っちゃうのだって感じ。大学生のころ、飲み会の次の日にお酒が抜けきらない中、友達と昼間に「もう行っちゃうのだ」と行ったスーパー銭湯。あれは最高の時間だった。そのスーパー銭湯には、竹で編んだまくらが置かれてあって、お湯が浅くずっと流れている寝転べるような露天のスペースがあった。そこで寝転がっていると、お湯の暖かさと外気の涼しさがちょうどいいバランスで味わえて、このままそこに一生いれるような気がしたものだった。一生いれるような気になっていたのはきっと自分だけではなくて、現に3つ並んでいたその寝転がれるスペースにはわたし以外にもおっちゃん2人がいたのだが、わたしを含めた3人ともなかなかこのスペースから離れず、固定メンバーでずっと占拠したままであった。おれたちはいま、同じ幸せを共有し合っている。そう思えるほどの見知らぬおっちゃん2人との一体感。多分おっちゃんも同じことを感じていたと思う。きっとそう。そうだよね?見知らぬおっちゃん。そして、そんな風に裸で寝転がってずっと空を眺めていると、なんだか空をちゃんと見たことってなかったなと思い始め、よくよく空を観察してみると雲が手前と奥の二段になっていて奥行きがあることを知ったのである。あんなに気持ちがいいと、公衆の面前で裸になるとそれは自分の快が他人の不快を誘発することになるから犯罪ですけども、外で裸になることで得られる開放感を否定することはできないなって気分になってくるわけですよ。そんなことを考えながら、ときおり体を起こして友人の姿を探してみると、彼らも各々好きな露天風呂に入って浴槽のヘリに頭を預けて空を眺めていたり、もしくは目をつぶって深く染み入ったりているではないか。ああ、ここはなんて平和で素晴らしい時間の流れる空間なんだ。そう思わずにはいられませんでした。

スーパー銭湯を離れ、そのままの足で近くのうどん屋さんの暖簾をくぐる。迎えてくれた店員さんに、わざわざ座敷に座りたいことを伝えて案内してもらう。靴を脱ぎ、畳に敷かれた座布団の上に腰を下ろした瞬間に、横になりたい衝動に駆られる。自分がまだ子どもであったら、店内にもかかわらず完全に横になっていただろうよ。そう思うと、大人ってやつは全く肩身が狭いもんだ。注文を聞きに来た店員さんに、ざるうどんとミニカツ丼のセットを頼む。大学時代のある日のうどん屋で注文したものを今もまだ覚えているのは、このスーパー銭湯からうどん屋の流れはこの後の大学生活で何度か繰り返されることとなり、わたしはそのたびにこればっかりを食べていたからだ。わたしは未知のものよりも、すでに美味しいと分かっているものを選ぶ、そういった性質の人間なのです。そしてどこのうどん屋に行っても、そこにミニ丼セットがあるとそれを頼みたくなる人間なのです。店員さんが持って来てくれたお冷やを一気に飲み干すと、生き返るどころか、さっきまでいた天国のようなスーパー銭湯から、さらに天上に近づいたような気分になる。うどん屋のお冷やってなんであんなに美味しいのだろう。ラーメン屋のも美味しいな。ていうかお冷やって美味しいな。味なんてないはずやのに。

 

ってことで、そんなこんなでロンリーにハマってしまい、二枚目のアルバム「YAMIYO」を購入した。

 

 

アルバムタイトルが「YAMIYO(闇夜)」というだけあって、夜のある瞬間を切り取った楽曲が多い。中でも「スケボー」がいい。こんなシンプルな楽曲でいいって、めっちゃカッコいい。

 

自由の尻尾につかまって

誰もいない夜の公園

安定剤よりあってる僕には

オレンジ色のライトにうつる影

 

夜に少しだけ感じることができる何にも縛られていない自由な時間。完全に自由にはなれないけれど(完全な自由なんてないか)、この時間が好きだな、ずっと続けばいいのになと思える自由みたいなものを感じる時間が、人生にはときおり訪れる。「sumahama」はやっぱりビーチボーイズにインスパイアされたのだろうか。楽曲のタイトルがビーチボーイズのそれと同じであるし、スティールパンによる南国感(ビーチボーイズのほうの「sumahama」はスティールパンの音は入っていないけれど)。ロンリーの楽曲にはコーラスが入っていることが多いのも、彼らの影響を少なからず受けてのことなのか。ビーチボーイズの「sumahama」と言えば、探偵ナイトスクープを思い出します。

 

rockokey.exblog.jp

 

「ぱらのいど」が収録されているファーストアルバム「ファーストオブ終わり」も聴きたいのだが、いまやどこにも売ってなさそうだし、配信もしていない。マジ、なんかどっかに落ちてないかな。ホンマに。

ファミレスのボックスシートで過ごす夜(VIDEOTAPEMUSIC「世界各国の夜」)

夜はだいたい部屋で適当に音楽を流しているのだけれど、そんな風にして本を読んでいると曲の歌詞のほうに意識が引っ張られて読むのに集中できないときがあって、なんだか言葉があるのは鬱陶しいなと感じることがある。ってことで最近はVIDEOTAPEMUSICの「世界各国の夜」をヘビーリピートしている。

 

世界各国の夜

世界各国の夜

  • アーティスト:VIDEOTAPEMUSIC
  • 発売日: 2015/09/30
  • メディア: CD
 

 

 

ピアニカでもこんなにいい曲が作れるんだねと思うのは、おこがましくも自分の小学生時代の稚拙な演奏と比べてしまうからだ。小学生のころなんて音楽によって再現したい空気感みたいなものは、その人生経験の少なさからあいにく持ち合わせてはおらず、音楽の授業で行う楽器の演奏は楽しいからではなく、ただただ授業だから仕方なくといった感じであった。リコーダーもそう。音楽会で叩いた大太鼓だけは楽しかったが、あれは音楽を演奏するのが楽しかったわけではなく、目立てることが嬉しくてはしゃいでいただけだった。

 

このアルバムの中でも特に好きな曲が「Royal Host(Boxseat)」。

 

 

まず、わざわざタイトルに(Boxseat)と入っているのがいい。そう、金曜日の夜に友達とダラダラしゃべりながら過ごすファミレスでのボックスシートはめちゃくちゃ楽しいんです(なんとなく曲の雰囲気からは、深夜ひとりのファミレスでのボックスシートのような感じもするが。)。大学生のころのわたしたちは、ドリンクバーとカレーのお替りし放題さえあれば良く、そんなにお酒を飲めない集団であったのも手伝って、ファミレスの中でもちょっとお高いロイヤルホストには全くいかなかったが、金曜日の夜には居酒屋ではなくファミレスにやたらと行っていた。とりあえずステーキやらハンバーグやらと一緒にドリンクバーを注文して、今度の休みはどこに旅行に行こうだとか、最近の長澤まさみはなんか可愛いだとか、ハンターハンターまた連載再開するなだとか、そんな話をひたすらしていた。3時間ぐらいは余裕で居座っていて、お店を出るまでにトイレに2回は行っていた気がする。途中で一度お腹が空いてカレーのお替りだってしていた。この曲を聴くとそのタイトルとメロディからそんなことを思い出してしまう。ていうか今でもたまにそんな風にして夜を過ごしますけど。

 

そしてファミレスで過ごす夜は、お店を出てから駅まで歩く道中もいいのだ。「そろそろ行こか。」なんていってお店をあとにしたはいいが、やっぱりもうちょっとしゃべりたくて、だいたいいつもファミレスの最寄り駅では電車に乗らずにひと駅余分にしゃべりながら歩いた。春でも夏でも秋でも冬でも季節に関係なく、夜の空気はなんであんなに澄んでいるような気がするのか分からない。みんなでしゃべりながら歩いていると、時折、背後から迫ってくる車の気配をヘッドライトの光で察知する。車の気配に気づいてから車がわたしたちを追い越すまでの間、後ろを振り返って車の存在を確認するのだが、その際に見える景色からはいつも、さっきまでわたしたちが前を向いて歩いてきた道であるはずなのに、そうは思えない不思議さを感じる。駅に着くと、わたしが乗る電車とは反対方向に向かう電車に乗る友人がだいたいひとりはいて、そんな友人の姿が向かいのホームに確認できる。そうすると『コイツはひと駅分、わざわざ遠くなるのに一緒に歩いてくれてんな。』と思い、なんだかニヤニヤしそうになる。こっちのホームが二人以上のときにはしつこく手を振ったりしたものだった(自分ひとりのときはほとんどそんなことはしない。)。

 

こんな風に「世界各国の夜」と銘打たれているにもかかわらず、わたしが感動するのはやっぱりめちゃくちゃ日本が舞台の曲になってしまう。とはいえ「Speak Low」も「Hong Kong Night View」も「August Mood」も「チャイナブルー新館」もいい曲。全部いい曲過ぎて、本を読むときに歌詞があると集中できないからとこのアルバムを選んだはずであるのに、頭の後ろに手を組んで寝っ転がっては天井を見ながら『いい曲やわ~』と、結局本を読まずに聴き入ってしまうのであった(「Hong Kong Night View」は普通に歌入ってるし。)。

 


VIDEOTAPEMUSIC / ''Hong Kong Night View feat 山田参助(泊)''

 

オリエンタルな風を都合よく身にまとう(Sodapop「ビーチテニス」)

ゴールデンウィーク初日、まるでこちらが外出を自粛しているのを知っていて、意地悪でわざとそうしているかのように晴れ渡った天気。気温も初夏のように暖かい。っていうかちょっと暑い。いま外に出れたら最高だろうなあと思わざるをえないほどである。そんなことを思いながら家でTwitterを見ていると、The Strokesの公式アカウントがある動画をアップしていた。

 

 

メンバーの5人がオンラインチャットで色々なバンドについておしゃべりする内容のものなのだが、この動画のオープニングで佐藤博の「Say Goodbye」が流れてきた。

 

 

竹内まりやの「Plastic Love」を筆頭に、日本のシティポップが海外で流行しているとは本当だったのかと、こんなところでも実感させられる。動画の中身は英語で何をしゃべっているのか全く分かりませんでした。翻訳こんにゃくくだせえ。佐藤博のシンセ感はジュリアンの好みっぽいななんてことを勝手に想像する。ということですぐに影響を受けて佐藤博のawakeningを聴く。

 

アウェイクニング

アウェイクニング

  • アーティスト:佐藤博
  • 発売日: 2005/09/21
  • メディア: CD
 

 

個人的には5曲目のゆったり落ち着いたリゾートミュージックのような「Love and Peace」が好き。

 

 

awekeningを聴いていたら、別のアルバム、Orientに収録されている「ピクニック」も聴きたくなり聴く。流石はOrientというタイトルのアルバムに収録されているだけあって、まじオリエンタルって感じがいいです。ピクニック行けへんけどもよ。今は何をしていてもすぐに自粛の方向に想いが逸れてしまうのは仕方がないことでしょうか。ときに、オリエントとは東洋を意味する言葉であるのだが、東洋がどの辺りを指すのかは個人的に漠然としている。さっきは「まじオリエンタルって感じがいいです。」なんてことを言っておきながら・・・。なんとなく真っ先に中国が思いつくのだが、他の人たちはどの地域のことを思い浮かべるのだろうか。例えば、アメリカの人たちはオリエントと聞いて、中国だけでなく日本のことなども思い浮かべるのだろうか。なんなら、佐藤博のこのOrientは、日本のことも含めた意味での東洋なのか。なんとなく日本人の使う東洋には、日本のことは含まれていない気がする。なんてことを考えていると、この小論を見つけた。

 

orient、東洋(とうよう)と東方(ドンファン)― orientという語の訳語から日中両国の自己のあり方を探る ―

 

日本、中国のそれぞれの歴史の中における東洋の位置づけに関して書かれたこの小論を読むと、欧米諸国は東洋のことを、中国を中心とするアジアとして捉えていたことが窺える。日本はその時々で、東洋という言葉が意味する地域を都合よく使い分けていたようだ。哲学などの分野で西洋に対抗する際には、自国のことを東洋に所属する国のひとつとする一方で、歴史の面では、日本は中国などその他の国とは独立した歴史をもつ国として、自らを東洋から除外していた。これらのような東洋に対してどっちつかずの状態は、自らを大きく見せて西洋に対抗するためにあえて所属したり、自らはアジア諸国と同様ではなくより優れた国家であるとみせるためにあえて所属しなかったりといった背景に由来するのだが、道理でこのせいでオリエント、つまりは東洋が何を指すのかが曖昧でピンと来ないわけだと納得できた。「ウチらって、付き合ってんの?」と東洋に聞かれたとき、果たしていまの日本はなんと答えるのだろうか・・・。

 

話は佐藤博に戻るが、佐藤博の歌声ってXTCのボーカルのものと似てませんか?awakeningに収録されている「From Me to You」とかすごく似ている気がする。

 

 

 

XTCのアルバム「Oranges & Lemons」は4曲目までの流れが最高だけど、いつもそこでお腹いっぱいになってしまいます。

 

ORANGES & LEMONS

ORANGES & LEMONS

  • アーティスト:XTC
  • 発売日: 2017/05/05
  • メディア: CD
 

 

最近はずっと家にいるから、音楽をよく聴くのだが、Sodapopなる人にハマっている。SoundCloudで適当に曲を流していたら耳に入ってきてビビッときた。調べてみると、ネットレーベルのAno(t)rackからいくつか曲が発表されていた。

 

 

めちゃくちゃ爽やかでいい曲。そしてビーチテニスなる競技があることを知る。ビーチでテニスってボール跳ねるんかいな?この曲が収録されているコンピレーションアルバム「Light Wave '14 (vol​.​2)」はbandcampに転がっており、インディーズのシティポップを発掘することがコンセプトとなっているアルバムのようで、詳しくは下のブログにまとめられている。

 

simonsaxon.com

 

他にも、おおのゆりこという方とfeat.した「機械だらけの街」もいい。

 

 

直近のリリースはSoundCloudに1年前に上げられたデモ音源となっており、アルバムやEPなどはリリースされていなかった。気が向いたらでいいんでフルアルバムを作ってほしい。聴きたいです。Ano(t)rackから曲をリリースしているSodapop以外のアーティストを見てみると、Momやシンリズム、The Paellasなどの名があり、渋いなあと思った。

  

ほんでもってbandcampに関してなのだが、Teen Runningsのカネコ、いやTeen Runningsがカネコなのだが、カネコさんが以下の内容のツイートをしていた。

 

 

どうせならアーティスト的にはbandcampではなくサブスクで聴いて欲しいとのこと。サブスクで聴いた場合には、どれくらいの再生回数でアルバム1枚の売り上げと同じくらい稼げるようになるのかも気になるところ。SoundCloudでは、プレミア会員になると収益化できるようになったり、外部ストリーミングサービスと提携できたりするサービスがあるが、使い勝手はどんな感じなんだろうか。

 

block.fm

 

消費する側のこっちとしては、好きなアーティストには可能な限りお金が入る仕組みで音楽を聴きたいとも思うが、人それぞれ音楽以外にも優先順位があるのも事実としてある。昨今は活字離れの影響を受けて本屋が閉店するなんていうニュースをよく見るが、そもそも本にお金をかけられる余裕がなくなったとの考え方もあるし、どこにどれだけお金をかけられるのかを取捨選択しなければならない状況の人もいるだろう。

 

 

すべての産業に対してお金を落とす余裕なんてないかもしれないが、先ほども書いたように自分の好きな人たちが活動を続けられるように、できる限りは受けたものに対してお金を返すようにしなければと思う。芸術がなくなった世界がどんなものになるのかといった片鱗は、皮肉にもこのコロナ禍の状況下で擬似的に体験できてしまっているのではないだろうか。

 

Teen Runningsのアルバムは、1stのLet’s Get Together Againと2ndのNOWをもっていて、そのどちらも暑くなってきたこれからの季節がよく似合う。

 

 

 

1stは「My Beautiful Anna」から「Cruel Sea」までの後半4曲の流れが好きです。2ndは全体的に明るくて、こちらは前半4曲の流れ、その中でも「High School Love」がめちゃくちゃ爽やかで最高。

 

 

「High School Love」ってタイトルがもうね、すごいよね。タイトルをダサい和訳にするような野暮なことはしないが、もう絶対青春やんって感じのタイトル。で、その通りめちゃくちゃキャッチ―でキラキラした楽曲。最後の曲「Don't Take Me Down」もいい。Teen Runningsは全くオリエントな感じではなく、アメリカって感じですごいポップ。The 西海岸。沖縄旅行で聴いたときはもう全然合わなかった。Teen Runningsとマングローブは合わない。沖縄は夏川りみがドンピシャ。湘南乃風を夏の図書館で聴くのが合わないのと同じように、タイプが違う夏。いや、それよりはマシか・・・。こんなことを書いたけれどTeen Runningsめっちゃ好きですよ。

 

 

在宅勤務のいいところはすぐにトイレに行けるところ

全国に緊急事態宣言が発令されてから、一週間のうちの何日かは在宅勤務をするようになった。在宅勤務のいいところは、なんと言ってもギリのギリまで寝ていられるところと、お腹が痛くなってもすぐにトイレに駆け込めるところだ。一度、在宅勤務中に腹痛に襲われ、すぐにトイレに行った際に抱いた謎の勝った感はすごかった。お腹が痛いのに『こんなん無敵やん。』と思いながら気張りました。会社でもこうありたいので、本気でどこでもドアがほしくなりました。その他にも在宅勤務のいいところとして、ラジオや音楽を流しながら仕事ができるといったものがある。頭を使って考える必要のある作業中にはなにも流さないが、単に手を動かすだけの作業のときにはなにか聴きたくなる。確か、高校のころに使っていた英単語帳の速読英単語に、BGMは作業効率を向上させるみたいなことが書かれていた気もするし、ガンガン流していこうといった所存。

 

速読英単語1必修編[改訂第6版] (Z会文章の中で覚える大学受験英単語シリーズ)

速読英単語1必修編[改訂第6版] (Z会文章の中で覚える大学受験英単語シリーズ)

  • 作者:風早寛
  • 発売日: 2013/12/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

速読英単語には他にも、空気が綺麗な家庭環境で育つよりは、兄弟姉妹がいたり犬や猫を飼ったりしている空気の汚い家庭環境で育った方が、相対的に免疫力が強くなるみたいなことも書かれていた気がする。振り返ってみると、結構ためになる雑学的エピソードが書かれていた気がするが、あのころはそれに対して全く面白さを感じていなくて、英単語を覚えるのなんてただただ苦痛でしかなかった。まあそんなことは置いておいて、在宅勤務中によく聴いているアルバムはこの2つ。

 

MUSIC FROM BIG PINK

MUSIC FROM BIG PINK

  • アーティスト:The Band
  • 発売日: 2001/08/27
  • メディア: CD
 

 

 

わたしの音楽再生ソフトではアルバム名のアルファベット順的に、The Bandの「Music from Big Pink」の次にVulfpeckの「My First Car」が来るようになっている。特に選曲などせず適当に音楽をかけていたときに流れてきたこの2枚のアルバムのつながりが妙にしっくり来て、それ以来やたらとこの2枚を連続で聴くようになってしまった。さらには、Vulfpeckのアルバム「My First Car」の一曲目「Wait for the Moment」の中にあるベースソロ前の「Bassmen!」という掛け声を聴き、andymoriの「ベースマン」が聴きたくなったりした。

 


3rd LIVE DVD「FUN!FUN!FUN!」より『ベースマン』

 

いま思えば全く作業に集中できていない。音楽以外のラジオ、というかインターネットラジオではこれをよく聴いている。

 

hokuohkurashi.com

 

「チャポンと行こう!」通称"チャポ行こ!"は、北欧、暮らしの道具店というお店の店長さんである佐藤さんとスタッフの青木さんによるインターネットラジオなのだが、このお二方の声がなんだか心地いいのだ。佐藤さんと青木さんは女性だから、話すエピソードの中には男性のわたしにはあまり馴染みのないものがたまにあるのだが、それでもなんだか聴いてしまうのだ。笑い声とかもなんだかちょうどいいのだ。聴いていると落ち着くのだ。なんかガッシュみたいになってしまった。

 

まあ、そんな風にして在宅勤務をこなしている。そんな中、レインボーのこの動画を見てめちゃくちゃ笑ってしまった。

 


【リモートコント】リモート会議終わったと思ってはしゃいだ結果、クビになった男

 

もうこのね、なんでそんなにリモート会議終わってちゃんとカメラを切れへんねんって思うくらい、何度もカメラをつけっぱなしではしゃぐのが面白い。『これ・・・切れてるよな・・・?』みたいな顔が画面に映るのが最高。13:55くらいからの流れも最高。池田演じる部下の「切れて・・・ますねっ・・・」からのジャンボ扮する上司の「ヤバい、最終確認が終わった。」、そっからの完全にカメラが切れたと勘違いした池田の舌を出した悪い顔がジャンボの画面に映し出されるといった流れ、何回見ても笑える。もうこの悪い顔大好き。このはしゃぐ気持ちも分かる。なんなんやろな、あの、部活の顧問とか上司がどっかいった後すぐに変な顔をしたくなる感情。もうこのネタ最高。自分は在宅勤務中にリモート会議をすることはないから、このネタみたいになる危険性もないし安心して笑える。てか、ホンマになんでそんなにカメラ切れへんねん。

 

話は変わって、最近、前田司郎の「愛でもない青春でもない旅立たない」を読み返した。

 

愛でもない青春でもない旅立たない (講談社文庫)

愛でもない青春でもない旅立たない (講談社文庫)

  • 作者:前田 司郎
  • 発売日: 2009/10/15
  • メディア: 文庫
 

 

なんか変な話だった気がすると思いながら読み返したところ、やっぱり変な話であった。そして、主人公とその友人の山本が大学の部室棟の階段に座る場面を読んで、自分の高校時代の部活のことを思い出した。いや、正確には思い出そうとしたが思い出せなかった。

 

二人並んで座るとこの狭い階段は人が通れなくなる。それに気付いた山本は、僕の前の段にお尻をずらした。手すりから足を出して、僕らはグラウンドを見下ろす格好になる。グラウンドの向こうを小田急線が通る。

 

手すりの縦棒はちょうど僕の顔の幅くらいで、顔を突っ込んでみたい欲望に駆られるが、取れなくなっちゃったら大変なので、僕は両手を柵にそえその間に顔を置いた。山本は柵の一本に寄りかかっている。

 

自分が高校生のころ、部室棟がグラウンドから遠かったため、部室棟よりもグラウンドに近い校舎の端に備えられている非常階段の踊り場で部活の着替えをしていた。その非常階段のスペースはそれほど広くなかったため、最上級生にならなければ1階のスペースを使って着替えることはできず、1年生の間と3年生が抜けるまでの2年生の間は、わざわざ階段を上って2階以上のスペースで着替えなければならなかった。下級生でも最上級生に気に入られているごく少数の者だけは、1階のスペースで着替えることが許されていた。わたしは1階で着替えることが許されるような後輩ではなかった。部活の着替えはこんな感じだったはずなのだが、2階以上のスペースで着替えていたころの記憶が全く思い出せない。最上級生になり、1階で着替えていたころのことはいくつか思い出せるのだが、2階以上のスペースで着替えていたころのことは全く記憶に残っていない。そして、この非常階段には小説の描写のように柵と手すりが付いていたはずなのだが、もちろんそれもどんなものだったのかは思い出せない。手すりの塗装は白色だった気がするが自信はない。その塗装は所々剥げていて下から錆びた部分が見えていたかどうかも分からない。足が出せるくらい柵の間隔は開いていただろうか。顧問の先生の名前が、寺島ではなく寺嶋であったことは覚えている。そう思うと、自分の記憶を頼りにして風景を詳細に描写するのはめちゃくちゃ難しいことだと感じる。そんなことを考えていると、漫画「ものするひと」で小説を初めて書いてみた大学生のマルヒラくんが

 

突飛なことじゃなくてさ

普段 わざわざ人に言わないけど

なんか考えちゃうこととか 微妙な感覚とか妄想とか

そういうのを 丁寧に詳細に 書けるのって

やっぱりすごく・・・・・・すごいんだよ

 

と言っていたセリフをふと思い出した。

 

ものするひと 2 (ビームコミックス)

ものするひと 2 (ビームコミックス)

 

 

自分の見たもの、考えたもの、感じたものを文字として出力する際に、自分はそれらの純度をどれだけ落とさずに出力できているんだろうか。おそらくかなり低い気がする。目の前の風景を描写することすらひどく難しいことであるのに、ましてや記憶を頼りに書くなんて。それでも、自分の書いた日記を読み返したときに、『ああ、そうやった、そうやった。』と思えることはある。ただ、それを読んだ自分以外の人が、自分と同じ感情や空気感を感じられるかは分からないが。自分自身は一度身をもって体験しているから分かるだろうが、そうではない人たちに伝えるのって、別にこれは小説や日記のような書くものだけではなく、仕事や勉強、スポーツなどでも難しいことだよなと思う。そう考えると、日常的に行われる他人とのコミュニケーションという行為も結構難しいことのように思えてきて、教え方の上手な先生や上司のことはやっぱり尊敬するべき存在だなと感じる。とか思いながらも、日記とかは自分さえ分かりゃあいいみたいな部分も少なからずあって、他人への情報の伝達が目的の100%ではないところもある。とはいえ読んでもらえたら嬉しいんですけども。それに、なんでもかんでも伝わりやすいことが正義みたいな世界観が気に入らない日もあるし。さらには、見たもの、感じたものを丁寧に描くことと、伝わりやすいことがイコールとも思えない。自分の伝えたいことを正確に表現するためには、難解な言葉を使わなければならないことだってあるだろうよ。なんてことを考えていたら、ナンバーガールの向井秀徳が恥とは分かっときながらも自己を顕示して、自分が作った作品を他人と共有して脳内ビリビリしたいみたいなことを言っていて、それを読んでグッときたことを思い出した。あの文章、めちゃくちゃカッコよくて感動したな。向井秀徳が人の心を惹きつける片鱗を見た気がする。とは言いながらも、ナンバーガールは全然聴かんけどね。なんだか話があっちこっちに行ってしまったので、急に終わります。

コロナ禍と持て余したワンダーラスト(FoZZtone「ワンダーラスト」)

相変わらず続くコロナ禍。初めてコロナ禍という言葉を見たとき、読み方が「コロナか」と分からなかった。読み方を調べると「コロナ禍の読み方とは?」みたいな、答えをスッと書かないページばかりが検索上位に来ていてイラッとした。「みなさんはコロナ禍をなんと読むか分かりますか?」って、いや分からんから調べてんねん。この最初の問いかけいらんから。スッと言うて。まあそんなことは置いておいて、日に日にコロナウイルスの感染者は増えていくし、緊急事態宣言はついに日本全国が対象となり、会社でもテレワークの動きが本格的になってきた。でも、そんな世間のコロナパニックとは裏腹に、春が訪れて空気はずいぶん穏やかだ。多分、そんなふうに感じているのはわたしだけではなくて、その証拠に朝の通勤時の河川敷には日に日に人が増えてきている気がする。上はウィンドブレイカー、下は半ズボンの姿でランニングをしている大学生や、一緒にサイクリングをしているお父さんとお姉ちゃんと弟、ベンチに座ってただただ川を眺めているおじいちゃんなどなど。確かにコートを着なくても十分暖かく過ごしやすい日がだんだんと増えてきた。さらには、河川敷には生命力が満ち溢れている。綺麗な黄色をした菜の花が群生しており、つい最近まで薄紅色の花を咲かせていた桜の木は、わずかに残った花の下から重なるようにして緑の葉が生え始め、葉桜に変わろうとしている。

 

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河川敷を満たす春の陽気に誘われて、みんな外に出てきたくなってしまっている。それに世の中では三密を避けろ、三密は感染のリスクが高い、なんてことが声高に叫ばれているもんだから、いっそのこと外なら換気もクソもないし、それほど混雑しているところじゃなければ三密なんていう状況にはならないしと思う部分もあるのだろう。実際、コロナウイルスの空気感染は2020年4月18日の現時点では確認されておらず、飛沫感染と接触感染が主な感染の原因だ。マスクを付けて知らない人が触れたものに触ろうとしなければ、外に出ても感染のリスクはかなり下げられるのかもしれない。そんな春の穏やかな河川敷の風景を見ていると、世間でのコロナウイルスによる騒動がどうも現実感をもって迫ってこない部分がある。

 

こうも外出を自粛するように言われると、家にいなければいけないと思いつつも、逆に外に出たくなる気持ちは分かる。お風呂に入ろうとしたときに、母親に「アンタ、はよお風呂入ってまいや。」と言われたときと似たような気持ち。分かってんねん。こっちのタイミングで入るから。言われたら逆に入る気なくなるから。これぞ、心理的リアクタンス理論なり。とはいえ、これは自分でしようとしたことを他人からしろと言われた場合に起きる現象。いま自粛しようとしているのは、先に自粛するように言われたからであり、順序がお風呂の場合とは逆だから厳密には違うのか。いま外に出たいのはさっきも書いたけど、単に春の陽気のせい。

 

英語に「wanderlust」という単語がある。読み方はワンダーラスト。わたしはコロナ禍の検索上位ページとは違って、読み方はスッと言います。意味は「旅行癖、放浪癖」。wanderは、動詞として「さまよう、放浪する」、名詞として「ぶらつくこと、散歩」を意味する。lustは、動詞として「渇望する」、名詞として「強い欲望」という意味。2つを合わせてwanderlust。こんな世の中の状況下だからこそ分かったことだが、どうやらわたしにもワンダーラストなるものが備わっていたらしい。いや、もしかしたらワンダーラストは、人間だれしもがもっているものなのかもしれない。放浪したいという気持ち。行く当てのないワンダーラストはどこにぶつければいい。旅に出る行為は非日常なことだと思っていたけれど、こんな状況になってしまえば、旅に出られる環境が整っていること自体は日常だったんだなと思う。



【歌詞つき】ワンダーラスト(live ver)/ FoZZtone【official】

 

 

FoZZtoneの「ワンダーラスト」にある

 

暖かくなり始めた 飽和してゆく闇に

浮かんでる 街路樹の緑

 

という歌詞のように、夜が満ちていくのとともに、そこに紛れ込んでくる春の空気の気配が、日に日に大きくなっているような気がする。たとえ外に出なくとも、窓を開ければぬるい空気が部屋の中に入り込み、大きく息を吸うと春の匂いに肺が満たされるような気分になる。

 

57577.hatenadiary.com

 

我妻俊樹は、旅情は旅に出たときだけではなく、日常においてふと匂い立つこともあると言っている。そして旅情が感じられるのは、距離感の失調がきっかけとなるのではないかと言う。今や旅に出られないのはおろか、コロナ以前のような日常生活すら送れなくなってしまった。しかし、窓から入ってくる春の空気は、大学生の春に行った旅行先での友人たちとの夜の散歩をわたしに思い出させ、それと同時に旅情を喚起させる。そして、旅情を感じるためには、別に旅の思い出ばかりが思い出される必要はない。在宅勤務中に見る平日お昼のテレビ番組から中学時代のテスト期間に早く家に帰ってきたことが思い出され、その瞬間に生まれる今現在の自分とその当時の自分との距離感から、旅情が感じられるかもしれない。たとえ旅に出られなくとも、我妻俊樹の言うような"瞬間の旅情"はこんな日々でもふと顔を出してくれる。

 

FoZZtoneのこの曲は当時、公式海賊版なるCDとして500円で販売され、わたしはそれをタワーレコードで購入した。CDにはセルフライナーノーツが付いていたのだが、それがどんな内容だったのか今は忘れてしまった。読み返したいなと思いながらも、CDは実家にあるからすぐには読み返せない。なんならこんな状況だからゴールデンウィークに実家に帰ることもできないだろう。まあしょうがない。そんなふうにして、コロナ禍と持て余したワンダーラストをどうにかやり過ごすしかない。

 

おれの人生の延長線上にいる富樫勇樹を見に行くのだ(アナログフィッシュ「Iwashi」)

先日、大阪エヴェッサvs千葉ジェッツのバスケの試合を観に行った。千葉ジェッツには彼がいる。そう元NBA契約選手、富樫勇樹が。富樫勇樹を見てみたい、友人と話しているときにそんな話題になり、じゃあ大阪エヴェッサとの試合があるときに見に行こうとなったのだ。

 

試合は15:00から。『富樫のプレーが見れるのか・・・。』とワクワクしながら、会場のおおきにアリーナ舞洲へと向かう。行きの電車の中で村上龍の「空港にて」を読む。

 

空港にて (文春文庫)

空港にて (文春文庫)

  • 作者:村上 龍
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2005/05/10
  • メディア: 文庫
 

 

一人称視点であるはずなのに、まるで三人称視点のように感情を排除した冷めた文体。日常生活において、我々の身にまとわりつく何とも言えない息苦しさ。人生に生きづらさを感じる、そんなときにわたしは、自分の頭の中だけで色んなことをグルグルグルグル考えてしまっている。『あのとき、あの人との会話でこういう風に答えていれば、いまとは違う関係になっていたのか?』『この人は果たして、わたしと同じように人生に悩んだり迷ったり嫌になったりすることがあるのだろうか?』などと考えてしまう。この本は、人生で息苦しさを覚えるワンシーンの風景や、その瞬間の主人公の心理を徹底的に書きこんでいるため、主人公が頭の中でグルグル考えてしまっていることを恐ろしいほどリアルに追体験できる。そして、そんな閉塞感の漂う日常生活から抜け出すためには、他人の価値観に左右されない、自分だけの希望を何とかして見つけなければならないと書かれている。この本を読んでいる間、やたらとアナログフィッシュの「Living in the City」が頭の中に流れた。

 

 

 

本が読み終わり、耳にイヤホンを付けて、ゆnovationの「wannasing」を聴く。

 

 

画面越し眺める君らの暮らしは窓辺に飾る花のように、そっと心ゆたかに

 

わたしに生きづらさを与えるのは周りの人間であるのと同時に、わたしに生きる希望を与えてくれるのもまた、周囲の友人たちであるのだ。友人たちの明るくひたむきに生きている日常を垣間見ることで励まされる瞬間は確かにある。村上龍とゆnovationの2人は、表現の仕方こそ真逆ではあるが、希望を抱いて行動し続けることが重要であるという共通のメッセージをわたしに伝えてくれる。それにしても「wannasing」の歌詞の乗せ方、たまりません。このアルバム「朗らかに」はめちゃくちゃ良いアルバムだ。

 

 

おおきにアリーナ舞洲にて友人と合流し、会場へと入る。バスケの試合観戦は今回で2回目。富樫勇樹がいるからなのか、千葉ジェッツが人気球団だからなのか分からないが、以前観に来たときよりも客席がパンパンに埋まっている。

 

www.gissha.com

 

コート上にいる富樫を見つける。

 

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ヤクルトの青木や山田哲人を球場で見たときと同じように『うわ~、ほんまにおるんや。』という感情になる。自分の人生と彼らの人生がリンクしているとは全く思えない不思議さ。まあ向こうはこっちのことなんか認識していなくて、一方的なリンクの仕方ではあるが。わたしにとって富樫、青木、山田哲人は向う三軒両隣にちらちらするただの人ではないのだ。当たり前だけれど。そうこうしているうちに試合が始まった。ぶっちゃけこの日の試合で「富樫すげえー!」とはならなかった。大阪エヴェッサが強かったのか、富樫の調子が悪かったのか、富樫のみならず千葉ジェッツ全体の調子が悪かったのか、このうちのどれなのかは分からないが、大阪エヴェッサが終始試合を有利に進めていた。終わってみれば84-69で大阪エヴェッサの勝利。この日が終わった時点で、大阪エヴェッサのWestern Conferenceにおける順位は1位(2019/12/22時点でも1位)。強いやんエヴァッサ。

 

そして明日12/23からは高校バスケの全国大会、ウィンターカップが開幕する。

 

wintercup2019.japanbasketball.jp

 

こっちも面白いから楽しみ。

 

 

ウィンターカップを見ていると、自分にも部活をしていたときがあったんだなあと思う。そんなに上手くはなかったけれど、少しずつできることは増えていっていた気がする。たまに日々を過ごしていて、『おれはこのまま勉強もせずになんとなく生きていたら、これ以上賢くならずに死んでしまうのだろうか・・・。』と考えるときがある。久しく感じていない自分が成長したという感覚。社会に出て仕事ができるようになったというのは、成長ではなくて適応のように思える。何か自分の成長を実感できることを始めたいが、そもそも自分のしたいことが分からない。モヤモヤしながら生きていく。自分が成長しているという小さな希望を見つけられる日が、果たしてこの先、わたしに来るのだろうか。

 

スピッツ・サザン・嵐とサブスク解禁されたけれど、着いて行けてない

個人的に音楽はサブスクではあまり聴かずにCDをメインとして聴いている。ただ、たまーに無料のSpotifyで聴く程度。そんな感じですが、最近スピッツにサザンオールスターズとサブスク解禁がなされており、月額1000円くらいで聴き放題の魅力に引っ張られそうになってきた。

 

外で音楽を聴くときはウォークマンを使っているのだけれど、以前にも書いたように容量がパンパンだから、新しい曲を入れる際にはあまり聴いていない曲を抜くという作業が必要になってきている。それがまあ面倒くさい。そして抜いた曲が途端に聴きたくなってくる。じゃあもう月額払ってサブスクに切り替えちまおうかと思いながら、なんだかんだで1年くらいが経とうとしている。なぜか踏み出せないのは何なんだろう。キャッシュレス決済もそっちのほうがお得なのに中々踏み出せず、未だに現金で支払っている。なんて腰が重いのだ。

 

スピッツは最近「ありがとさん」ばっかり聴いている。

 


スピッツ / ありがとさん

 

イントロが「夢追い虫」や「恋のはじまり」に似ている。わたしはこの感じのベースとドラムに弱いのだろうか。曲の冒頭で

 

君と過ごした日々は やや短いかもしれないが

どんなに美しい宝よりも 貴いと言える

 

なんてことを草野マサムネの声でサラッと歌われると「ああっ、いいっ・・・!」とグッときてしまう。この声は永遠だな。

 

 

サザンもとい桑田佳祐は「ダーリン」ですね、季節的に。

 

 

サザンの「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」のソロ版と言ったとこでしょうか。こういう曲を書かせたらホンマに天才的ですね、桑田佳祐は。ポップだけど聴いた後に残る切ない感情。定期的にこのタイプの曲をリリースしてほしい。海はなぜこんなにもセンチメンタルな気分を誘うのか。横浜のハーバービュー。旅行に行ったときは雨が降っており、ちゃんと見ることができなかったので、いつかリベンジしに行きたい。

 

 

スピッツ、サザンとサブスクが解禁されたけれど、YUKIはされてないんだね(ちゃんと調べたら普通に配信されていました(YUKI、ソロデビュー以降の楽曲群が本日サブスク解禁 - 音楽ナタリー)。ただSpotifyでは配信されていないんですね。なんでや。Spotifyも解禁されました(YUKI最新アルバムのストリーミング配信開始、Spotifyでのサービスもスタート - 音楽ナタリー)。)。今さらになってYUKIのアルバム「forme」を聴いているけれど、これ、とびきりの名盤じゃないでしょうか。

 

forme (通常盤) (特典なし)

forme (通常盤) (特典なし)

  • アーティスト:YUKI
  • 出版社/メーカー: ERJ
  • 発売日: 2019/02/06
  • メディア: CD
 

 

「風来坊」以降の後半の流れがめちゃくちゃ良い。特に「転校生になれたら」がたまらない。

 

 

歌詞のイノセントな感じがいい。なんかたまに、いまの自分の周りの環境から解放されたくて全部リセットしたいってときあるよね。自分のことを知っている人が誰一人いないところに行ければ、生まれ変わったように新しい自分になれるんじゃないかって。いまを脱ぎ捨てたいなって。自分のことを分かってほしいっていう部分と踏み込んで欲しくないていう部分のバランスは難しいよね。愛し愛されて生きるのさなんて開き直って言ってみたいもんよ。ところで「転校生になりたい」の作曲は川本真琴で編曲はSTUTSがしてるんやね。川本真琴も相変わらずグッドなメロディメーカーですな。ていうかこのアルバムは参加しているアーティスト陣がめちゃくちゃ豪華ですね。ホンマにいまさら知りましたよ。

 

natalie.mu

 

YUKIもいいけど、JUDY AND MARYもいい。ジュディマリもスピッツばりに色褪せないバンド。いま聴いてもめちゃくちゃ良い。「motto」のめちゃくちゃバリバリに自己主張の強いギターが最高で大好きです。

 

 

特に2番に入ったときのヴォーカルとドラムだけのところからギターが入ってくるところがゾクゾクします。ドラムのタイトな感じもいい。

 

 

そういえばジャニーズもほとんどサブスクで配信されていない。嵐だけが活動休止を受けて配信されているけれど。YUKI繋がりで、YO-KINGが作詞作曲したKinKi Kidsの「Hey! みんな元気かい?」もめちゃくちゃ聴いている。

 

Hey!みんな元気かい?

Hey!みんな元気かい?

  • アーティスト:KinKi Kids,堂本剛
  • 出版社/メーカー: ジャニーズ・エンタテイメント
  • 発売日: 2001/11/14
  • メディア: CD
 

 

最近ふと、高校のころのめちゃくちゃいい奴だった友達のことをよく思い出す。彼とはクラスは同じだったけれど、学校外で遊ぶほどの関係ではなかった。でも、彼は性格が明るくて誰にでも分け隔てなく接するようなめちゃくちゃいい奴で、わたしは彼のことがめちゃくちゃ好きだった。そんな彼はいまごろどこで何をして生きているんだろう、彼には幸せに暮らしていてほしいと思うときがある。それは自分がたまたま優しい気持ちになれているタイミングだからなのか、毎日が辛くて世界が優しいものであってほしいと思う気持ち、願いを無理やり彼の幸せに投影しているからなのかは分からないが。まあそんな風にして、「Hey! みんな元気かい?」って呼びかけたい夜がある。

 

YUKIの「forme」と合わせて、いまさらハマってるアルバムのもう一つとして、踊Foot Worksの「GOKOH」がある。

 

“GOKOH + KAMISAMA"

“GOKOH + KAMISAMA"

  • アーティスト:踊Foot Works
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2019/07/03
  • メディア: CD
 

 

特に「NEASE」の歌詞がドンピシャ過ぎて懐かしくなる。

 

 

バーバリアン2号、青春アミーゴっていう韻の踏み方、ハンパねえ。狙いがピンポイント過ぎるでしょうよ。

 

see!!俺たちは2人で一つ

 

とはバーバリアン1号目線のセリフなのか・・・。この遊び心がいい。ちなみにわたしはバーバリアン2号しか持っていなかったので、彼らを2人で一つにしてあげることはできなかった。どこかで余っていた片割れのバーバリアン1号のことを思う・・・。

 

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それにしても最近はやたらと昔、特に学生時代のことを思い出してしまう。それは社会人になって話すことが現実的なことばかりだからなのかもしれない。学生のころはもっと好きなテレビ番組、お笑い、漫画、音楽、小説について語ることのできる相手がいたけれど、いまはそう多くはいない。ていうか会社にはなかなか趣向の合う人がおらんなあ。わたしはもっと無駄話がしたいんだけれども、大人になるとそうもいかないようです。

音楽と煙草とその先にある自由(映画「NO SMOKING」)

この前の土曜日はいつもより早起きをして映画を観に行った。細野晴臣のドキュメンタリー映画「NO SMOKING」。

 

hosono-50thmovie.jp

 

上映されている劇場が小さなところであったため、早めに行かないとチケットが売り切れると思い、上映開始1時間前に買いに行った。渡された整理番号の数字は6番。全然余裕ですやん。まあ公開されてちょっと経つし、いまはそんなにみんな観に来ないのか。完全に時間を持て余したため、劇場近くの本屋へ行く。最近、歌人の伊舎堂仁のnoteを読んで、短歌を味わうときに雰囲気だけで感動するのではなくて、もっとちゃんと考えて意味を咀嚼できるようにならなければと思っていた。

 

note.mu

 

そんなところに下のツイートに出会った。

 

 

わたし自身、穂村弘のことは好きだし歌集もいくつか持っている。けれどもなんとなく分かってしまう「もっともらしいペテン」という言葉。このツイートが果たして具体的に穂村弘のどういう部分を指摘して呟かれたかは分からないが(この前のツイートがニューウェーブ以降の短歌の方法論に関する体系について呟かれていることから、穂村弘の短歌の作り方に関することかな?)、ここでオススメされている枡野浩一の「かんたん短歌の作り方」が気になり、立ち読みをしてみようと思った。短歌って5・7・5・7・7の型にはめてしまえば、それっぽくなってしまうことが大いにあると思う。実際、穂村弘などの著名な歌人が短歌を作る際に、31音全体のどこまで意識を巡らせているのかは想像できないが(穂村さんの著書、「短歌の友人」や「短歌という爆弾」を読めば、わたし程度のド素人では到底及ばないほど短歌について深く考えていることが窺えるが。そりゃ当然やろうけど。)、素人が短歌を作る際には雰囲気で言葉を当てはめてもそれっぽくなってしまうことってあるんだろうよ。そして、そのそれっぽさに深く考えずに感動してしまう。それが短歌のいいところでもあれば、欠点にもなりうるところではないだろうか。そこで、短歌の作り方を知れば、鑑賞する際の視点を学ぶことができるのではないかと。この本の内容を読んでみると、素人が投稿してきた短歌を枡野浩一が評価、解説、アドバイスをしていくといったもの。ずいぶん読みやすく、しばらく立ち読みをしていると映画の上映時間が気づけば近づいていた。そのまま勢いで本をレジに持っていき購入。家でゆっくり読もう。

 

かんたん短歌の作り方 (ちくま文庫)

かんたん短歌の作り方 (ちくま文庫)

 

 

上映開始10分前に劇場に入ったが、観にきたお客さんは全員で20人もいないくらい。意外と空いてました。「NO SMOKING」は、細野さんのインタビュー映像やライブ映像、昔の写真などがふんだんに出てくる。ドキュメンタリーだから、情熱大陸とかプロフェッショナルみたいなものにライブ映像が付いてきてる感じです。途中で細野さんがモヤモヤさまぁ〜ずに出たときの映像が流れて少し笑った。細野さんはモヤさまのファン。さまぁ〜ずっていうコンビ名、ちょっとセンスが古く感じてたけど、その力の抜け具合が今なら2周ぐらい回って逆にカッコよく感じる。そして、ライブ映像が良かった。マック・デマルコと歌った「ハニームーン」に、坂本龍一、高橋幸宏、小山田圭吾とともに演奏した「Absolute Ego Dance」。マック・デマルコが、自分が編曲した細野さんの曲を細野さん本人に聴かせる場面や、細野さんに火を付けてもらいながら煙草を一緒に吸うシーンが、なぜか愛おしく映った。そして、高橋幸宏の曲のは入りのドラムに、小山田圭吾のギターを少し低い位置に抱えてシューゲイザーっぽく引く佇まいがめちゃくちゃカッコよかった。「Absolute Ego Dance」の映像が流れ終わったあと、隣に座っていたおっちゃんは音がしないように気をつけながらも拍手をしていた。

 


細野晴臣 - Absolute Ego Dance [Live]

 

それにしても細野さんは若いね。見た目はしっかり歳を取っているけれど、音楽への興味が尽きていないし、おどけたりふざけたりして場を和ませることもあるし、精神が若々しい。服装も開襟シャツにスニーカーとオシャレで似合っている。つーか、かっこいい。魅力がすごい。そしてやたらと煙草を吸う映像が流れる。細野さん曰く、音楽を作るときには煙草の煙が欠かせないとのこと。そこでceroの荒内佑が書いたこのエッセイを思い出した。

 

www.webchikuma.jp

 

このエッセイめちゃくちゃ好きだ。わたし自身は煙草を吸わないが、このエッセイを読むと(ていうかジョルジュ・バタイユの引用文を読むと)、煙草を吸う時間にだけ感じられる無意識の自由があるのだろうことがうかがえ、すこし憧れてしまう。そして、そんな時間にふと、いいメロディやアイデアが浮かんできたりするのだろう。思えば、わたし自身も面白いことが頭に浮かんでくるのは、何かをひねり出そうと考えている時間ではなくて、お風呂に入っているときであったり、会社帰りに自転車に乗りながら鼻歌を歌っているときであったりする。考えようとする時間ではなくて、何も考えずに何かを無意識にしている時間。煙草を吸う時間はそんな時間であり、それが音楽の創作活動において大事な時間になっているのだろう。この映画のタイトルである「NO SMOKING」の意味は、映画のHPで細野さん自身により解説されている。音楽の道に進みそれを続けることも、禁煙が推進される中で煙草を吸い続けることも、世の中においては少数派となる。それでも、それらを愛し続けることで得られる自由がその先にあるのだろうことが、この映画からは伝わってくる。

 

この映画を観終わり映画館を出た後、影響を受けやすいわたしは、すぐにイヤホンを耳に通し、細野さんやYMO、フリッパーズ・ギターのアルバムをウォークマンから流した。いい曲や・・・。細野さんみたいな素敵なかっこいい大人になりたいと、心から憧れてしまった。